友人
「突然すぎるんだけどさ、もし嫌だったら答えなくていいんだけど、美琴ちゃんって大学どこ行きたいとか決まってる?」
驚いた。
おしゃれなカフェの一番奥の席。ソファ側に座った私はココアを飲もうとカップを手に取ったときに聞こえてきたセリフ。高校1年生の初夏、この時期に進路の話。同じ学年の子からそんな話を持ちかけられるとは思いもしなかった。
「え、まあなんとなく決めてるけど、笑わないでよ。」
「笑うわけないし!聞きたい!」
「東京の一番偏差値高い文系行きたいなって。」
この言葉を口にするのは緊張した。この高校から、その大学に行くのはかなりの快挙だ。しかし、今のペースで勉強を続ければ、その夢は現実になってもおかしくない。
「やっぱ、だと思った。」
彼女が突然、やけに真剣な声色でそう言うから、少しびっくりしてしまった。馬鹿にするでもなく、驚くでもなく、予想通りだと。
「私の成績で、って思うかもだけど、私もそこ目指してるんだ。」
そうか。彼女の成績なら正直行けるだろう。驚きもあったが、納得した。
そこからは時間があっという間に過ぎた。この数時間の話をまとめるとこうだ。彼女は私と同じで高校受験のとき、大きなミスで第一志望の高校に行けなかった。けれど、今は亡き尊敬する母親のような弁護士になる、という夢のため、今も部活にすら入らず勉強を続けているという。学校の勉強には正直力を入れておらず、知り合いのアドバイスと独学でここまでの成績を取っている、と。その話をきいてから、彼女への嫉妬の感情はほぼなくなっていた。地頭がいいのはわかるが、それだけではない。本気で努力している子だ。そして、同じモチベーションで勉強に励める子を探していた、と笑顔で語る彼女は、あまりにも眩しかった。
「まあ、学校の授業あんま聞いてなかったかもしれないけど、まさか私より成績いい子がこの学校にいると思わなくて、正直、心の底から悔しかったんだよね。」
悔しさを語る最中も、彼女は笑顔を絶やさなかった。
彼女と放課後の時間を共有していたのは相変わらずだった、次の定期テストが迫っていた頃。
それは突然だった。
ある日登校すると、私の席がなかった。日頃からクラスでは誰とも話さず、生真面目で、休み時間もテキストとにらめっこしていた私は、むしろ今まで普通に過ごせていたのがおかしかったのかもしれない。
くすくす、と笑い声が聞こえた。これは、いじめというものだろう。どうしていいかわからなかった。この場にいるのが耐えきれず、小走りで教室を後にした。
どうしよう、授業が受けられない。
正直、学校の授業の進度は遅く、内容で言えばもう塾で勉強した内容ばかりだった。しかし、先生ごとにテストの傾向や重要視する範囲を知るには、授業を受ける必要があった。いじめにあっている、という事実よりも、そんな心配が頭を支配していた。私なりの現実逃避だったのかもしれない。私は職員室へ向い、新しい机を用意するようお願いした。気怠げな担任は、新しい机の在り処を伝えると、早くココを去れ、とでもいうかのようにパソコンにむかいなおってしまった。
朝のホームルームが始まるギリギリ、運良く一番後ろの席だった私は、チャイムと同時に机を自分の席があった場所に運び込んだ。
私の現実逃避も虚しく、いじめは進んでいった。学校に行きたくない。何度消しても、机を新しくしても無くならない、私へのありもしない悪口。毎朝自分の机のめの前に立つと実感する。高校生の幼いいたずら。その標的になるような行動を続けた私の行動への後悔と反省。自分を責め続け、勉強が手につかなくなってきた頃。何かと言い訳を続け断ってきた中島咲との放課後の約束。当然何度も断られたら、本人も疑問に思うだろう。彼女はある日の放課後、私の教室を訪れ、いつもの笑顔でわたしの名前を呼んだ。
「美琴さ、いじめられてるでしょ。」
いつものカフェの、いつもの席。ココアを一口飲んだとき。いつもより少し覇気のない声で、彼女はそういった。
ああ、気づかれてしまった。
彼女には知られたくなかった。その笑顔を絶やさないでほしかったから。迷惑をかけたくなかったから。まあ、狭い高校の同じ学年、無理のある話だ。なんと返事をしよう、と考えながら眼の前のココアを一口飲んでみる。
「やっぱ、ホントだったんだ。」
私の沈黙は肯定と受け取られた。
「定期テストの結果、見たよ。ねえ、相談してよ。」
いつもよりぎこちない彼女の笑顔が目に入った。
「ごめん、迷惑かけたくなくて。」
「はあ、そんなこったろうと思ったよ、あと2年半も、こんなの我慢するつもり?ねえ、美琴そんなの死んじゃうよ。」
わかっている。メンタルをしっかり管理しなければ、受験にも大きな影響を及ぼす。いつかどうにかしなければ、とは思っていた。この前の定期テストも、結果は芳しくなかった。学年順位は4位まで落ち込んでいた。どうしていいかわからなかった。
涙が込み上げてくる。
「美琴のバカ、いや、気付けなかった私も悪いけどさ!私がどうにかするから、絶対に大丈夫。夏休み明けたらさ、また次のテストでは1位どっちが取れるか、勝負しようよ!」
屈託のない笑顔。出会った頃より少し長くなった金色の髪。いつも彼女は、その髪色を自信をつけるためだと話していた。もう夏休みか。しばらく休めると思うと、少し楽になった。私も髪、染めてみようかな。
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