記憶
今日もまた、うるさいセミの鳴き声の中、入道雲が流れている。今日はこの間と違って真っ昼間だから、死ぬほど暑い。本気で汗が滴ってくるレベルだ。そんな中、引きこもりたる私が炎天下にいるのには理由がある。
「おー、わり、またせな。」
このクソ暑い中で私を五分もまたせのは、浜松夏樹、私の高校時代の同級生だ。こいつは何を思って私をわざわざ呼び出したのだろう。
お祭りの日の夜。晩ごはんを終えた私は、テキストを開き、ペンを握っていた。しかし、ちびっこたちが集まるこの家では、当然集中できなかった。何か音楽でも流そうかと、スマホの電源をつける。メッセージが届いている。なつき、あぁ、そう言えば今日お祭りで連絡を交換したんだった。社交辞令の一環かと思っていたが、もしかして本当に用があるのだろうか。
【さっきぶり!突然なんだけど、良かったら近いうちに二人で会わない?】
可愛げのあるスタンプと共に送られてきた文章に、吐き気がした。こいつが私をいじめていたのは、実は存在しない事実なのではないか?と自分を疑う程までに、浜松夏樹という人物は、その事実を忘れているようだった。そうだ、この際あのときどんな気持ちで私をいじめていたのか聞いてやっても良いのではないだろうか。そう思った私は、その連絡に対し、了承のメッセージを送った。
寝付けない。浜松夏樹とのやり取りを終えて何時間が経ったのだろう。一つ嫌なことを思い出すと、連鎖的に色々なことを思い出してしまう。
忘れもしない、高校1年生の頃。確かあのときはまだ今と比べれば涼しい初夏、高校最初の定期テストで学年1位を取った私。奇跡なんかではなく、正当な努力の結果だった。今思えば、すべての始まりは、この時期だったと思う。地頭の良い自覚のあった私、そして進学実績を残したい中学校、塾の先生たちに後押しされて志望した高校。しかしプレッシャーに弱かった私は、本番で大失敗をした。その結果少し偏差値の低い高校に入学することになった。入学してからすぐにわかった。
あぁ、私はこの学校に来るべきではなかった。
周りとの温度感の差に、これからの3年間を憂う気持ちしか感じなかった、入学式の日。それでも、自分だけは周りに振り回されず真面目にやっていこうと思った。部活にも入らず、家と学校と塾を行き来する日々。勉強することは別に苦痛ではなかった。定期テストの順位が発表され、学年1位を取った日の落胆具合を私は覚えている。
やはり、この学校に私のような人間はいないのではないか。
「ね、五十嵐美琴ちゃん?だよね?」
後ろから私より少し背の低い、金髪の女の子が話しかけてきた。どう考えても、私と関わるようなタイプではない。
「そうだけど、えっとごめん、どなたですか?」
さすがの私も、クラスメイトの顔と名前くらい覚えている。心当たりがないということは別のクラスの子なのだろう。
「あ、そうだよね、ごめん!C組の中島咲!美琴ちゃんって読んでもいいかな?私のことは咲ってよんで!」
中島咲。その名前には見覚えがあった。さっき定期テストの順位表で私の下にあった名前だ。つまり学年2位の子。私とは10点以上の差があった。とは言え3位の子と比べれば、かなり私と近い点数だった。
こんな金髪で目元をピンクで飾った、陽気で、見るからに高校生活を楽しんでいる子が、学年2位…。才能のあるこなんだろうな。尊敬よりも遥かに大きな嫉妬を感じた。
「うん、好きに呼んで。咲ちゃん、確か学年2位の子だよね。はじめまして…であってる…?」
笑顔を絶やさない彼女に、どんな表情で会話をすれば良いのかわからなかった。
「え、名前覚えててくれたの、メチャ嬉しいんだけど!」
あぁ、この子はきっと誰にでも好かれる人気者だろう。私とは大違いだ。今すぐこの場を離れたい。周りの子達がヒソヒソと小声で私達の話をしているのが聞こえた。私だって疑問だ。こんな、素敵な子が私になんの用があるのだろう。
「ごめん、たまたま目に入っちゃって、えっと、私になにか用?」
「なんで謝るの!ああ、そうそう、よかったら今日お茶でもしない?予定があったら別の日でも全然構わないんだけどさ!あ、てか連絡先交換しよ!あ、今時間ある?一緒にカフェテリア行かない?」
頭がくらくらした。
こんな質問攻めは人生で初めてだ。正直なことを言えば、嘘でもついて早く一人になりたかった。けれど彼女の笑顔を見ていると、断るのはなんだか申し訳なくて、すべての要求に快諾してしまった。
「今日から、カフェテリア新しいメニューあるらしいから、私気になってたんだよね!美琴ちゃんに断られたら一人で食べに行くことになってたよー、ほんと良かった!」
私の手を引いてスキップでもしそうな勢いの彼女に、なんだか私も緊張がほぐれてきてしまった。
「え、まって、美琴ちゃん日本史100点だったの!?雪沢のテストガチで性格悪い、って話題だったのに!?マジですごくない!?」
カフェテリアで昼食を頼むと、彼女は定期テストの成績の話を始めた。私達の共通点と言えばそれしかないから、まあ予想通りだった。しかし、わざわざこんな子が私に勉強のことで話しかける必要があるだろうか。何か魂胆があるのではないかと、申し訳無さもありながら、心のなかではまだ疑いの気持ちのほうが大きかった。しかし、10分、20分と話しこむうちになんとなくわかってきた。この子はあまりにも賢い。そして、悪い人ではない。それを感じ取った私は、気づけばもう、彼女のことを疑う気持ちなど1ミリもなく、久しぶりに対等に話せる相手を見つけ、喜びすら感じていた。
「あ、そうだ、本題忘れてた!ねえ、美琴ちゃん、今日もし時間あったら帰り道どっかよってこうよ!」
「うんいいよ、私この辺詳しくないから、咲ちゃん行きたいところに合わせるよ。」
「お、まかせてよ!美琴ちゃん、コーヒーとか好きそうだよね、おすすめのカフェあるんだけど行ってみない?」
「あー、ごめん、コーヒー飲めないんだよね、苦いのだめで…。」
「待って、私も!勉強できる子ってコーヒー飲んでるのかと思ってた、あ、でも実は私もそこのカフェでココアしか飲んだことなくて!メチャ美味しいからいこーよ!」
ココア。私がいつも勉強の息抜きに飲んでいるココア。咲ちゃんも好きなんだと思うと、少し嬉しくて、笑顔がこぼれた。
「あ、美琴ちゃんがわらってる!」
「いや、私だって笑うよ、何だと思ってるの、いいね。そのカフェ行きたい。」
「よし!きまり!ホームルーム終わったらA組迎え行くから!」
チャイムと同時に立ち上がった彼女は、颯爽とその場を去っていってしまった。中島咲。私とは正反対のような彼女は、金髪の髪を揺らし、周りの友達に手を振りながらカフェテリアを後にした。
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