7話

 まずい。眠れなかった……。


 俺はちゃんと横になっていたし、瞼も閉じていた。でも、眠れなかった。常に音や気配を探っていて、最終的には少しだけと思って水無口みなくちさんの様子や天井の突起を見ていたら、そのまま朝になってしまった。

 まあ、横にはなっていたし、水無口さんには気付かれないだろう。それよりも、天井の突起が緑色に変わって良かった。この時点で読み違えていたら、話にならないからな。






「……?」


 水無口さんが起きたので軽く口を抑えると、すぐに頷いてくれた。


「……!」


 ん?何だ?


 水無口さんは起き上がると、俺の目の下に指を当てた。


 ……あ。


 俺は洗面台の鏡で確認する。目の下にはクマがあった。水無口さんはこれを見て、俺が寝ていなかった事が分かったのだろう。

 振り返ると、水無口さんが頬をぷくぅ……と膨らませていた。そして、俺の手を引いてベッドに向かう。今からでも眠ってと言いたいんだろう。

 寝れなかった事と、それを隠そうとした事の罪悪感もあるので、大人しく従おう。




 俺は横になる。


 水無口さんも横になった。


 そして、体を寄せてきた。




 ……って、おい?!


 昨日言っていたのを実践しているだけなんだろうけど、一緒に寝るつもりは無い。

 水無口さんがそのまま俺に抱き着いてきたので、慌てて起き上がると、シュトーレンがあった。

 これ幸いとばかりに指差して、食べようと伝える。水無口さんも振り向くと気付いたようで、不満そうにしながらもベッドから退いてくれた。




 俺は、水無口さんをどう説得するか考えながら、シュトーレンをゆっくりと食べ進めている。もう完全に飽きているし、朝からこの甘さはしんどい……。

 水無口さんも、三口ほど食べるとフォークを置いて、指でバツ印を作っていた。




 結局シュトーレンは食べきれずに消えてしまい、再び水無口さんにベッドへと連れられた。

 俺はベッドに腰掛けると、一つだけ思い付いた策を実行に移す。ベッドを指でトントンと叩いて、水無口さんがベッドに視線を向けたのを確認してから、指で文字を書く。


『こ ん や は ね る か ら』


 今夜はちゃんと眠るから、勘弁してくださいと手を合わせる。

 水無口さんは一人分の間を空けて座ると、返事を書いた。


『ほ ん と ?』


『や く そ く』


 俺がそう書くと、水無口さんは渋々といった感じで頷いて、隣に来た。小指を立てていたので、俺も小指を立てて指を絡める。

 そして指を離すと、水無口さんは脚をぶらぶらと揺らし始めた。


 すごく暇そうだな。


 まあ、気持ちは分かる。この部屋では話す以外にやる事が無いからな。








 よし、やっと出た。


 シュトーレンが現れたので、水無口さんを起こす為に肩を揺する。

 あの後、水無口さんはベッドに仰向けになって、最終的には寝てしまった。

 それだけなら良いのだが、寝る前も脚をぶらぶらと揺らしていたから、スカートがだいぶ際どい所まで捲れていて、白い太ももが目に毒だったのだ。

 今は不安にさせるかもしれないので言わないけど、ここから出られたら、俺にだって性欲があると伝えよう。このままだと、本当に良くない。


「……?!」


 水無口さんは俺と目が合うと、顔を赤く染めた。起き上がり、横にずれて、ベッドに文字を書き始める。


『ね が お み た ?』


 顔が赤いのはそういう事だったのか。


 寝顔は昨日の朝から見ていたし、今はショーツも見えそうだったよ。とは書けないので、普通に感想を書く。


『か わ い か っ た』


 それを見た水無口さんは耳まで赤くなって、「ばか」と口の動きで伝えてきたけど、怒っている雰囲気は全く無かった。




 昼食というのもあって、シュトーレンは半分ずつ、無事に完食した。お皿も消えたので、俺は扉を指差して、お風呂に入ると伝える。水無口さんは手を振っていた。見送っているつもりなんだろう。






 ――トントン


 ん?


 俺がシャワーを浴びていると、扉を叩く音が聞こえた。何かあったのかと思い、シャワーを止める。


 ――トントントントン!


 やはり何かあったらしい。声を出していないという事は、緊急事態では無い筈だ。

 俺がバスタブから出て、タオルを腰に――


 ――ガチャッ!


 巻いたと同時に扉が開いて、顔を真っ赤に染めた水無口さんが入ってきた。そして、俺の体を見て目を白黒とさせながらも、トイレへと向かう。

 意図を察した俺は慌てて背を向けて、耳を塞ぎ、目も瞑る。








 恐らく、十分程が経過した。

 俺はあれからずっと耳を塞ぎ、目も瞑っている。もう水無口さんは用事を終えてお風呂場から出ているだろうけど、万が一している最中だった場合を考えて、動けずにいた。




 ――つんつん


 肘を突かれる感覚がして目を開けると、水無口さんと目があった。そして逃げるようにお風呂場から出ていった。俺が動かないから、合図をしてくれたのか。

 俺は感謝しながら、再びシャワーを浴び始めた。





 お風呂から出ると、ベッドに座った水無口さんに手招かれた。そして、文字を書き始める。


『お な か』


 おなか?何の事だ?


『か っ こ よ か っ た よ』


 理解した。昨日、俺が水無口さんの下着姿を見てしまった時に褒めたから、同じように腹筋を褒めてくれたのか。

 俺はタオルを巻いていたし、見られても何とも思わなかったけど、褒められるのは嬉しい。


『あ り が と う』


 俺がそう書くと水無口さんは微笑んで、扉を指差した。今度は水無口さんがお風呂に入るんだろう。

 俺は頷いて、手を振った。

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