6話

 洗面台の前で、水無口みなくちさんに色々と教わりながらドライヤーをしてもらってから、部屋に戻った。


「ドライヤーはこれからもちゃんとするんだよ?」


「分かった。ヘアミルクも買ってみるよ」


「うん!」


 髪も短いし、ドライヤーをしても大して変わらないだろうと思っていたけど、予想以上に違いを実感している。

 今はヘアオイルを付けているけど、水無口さん曰く、伊世いせくんはいつも自然な感じだし、ヘアミルクの方がいいと思う。との事だった。


 俺がベッドに腰掛けると、水無口さんも隣に座った。水無口さんの中で、話す時は俺のベッドに並んで座ると決まってしまったらしい。


「あとさ、明日のお風呂は俺が先でもいい?」


「え、……もしかして私のあと、嫌だった?もしかして髪の毛、残ってたりした?」


「違う違う。明日は話せないから、さっきみたいな事があったら困るだろ?俺ならすぐに服を着て、こっちでドライヤーを出来るから」


 まあ、水無口さんの後だと息をする度に罪悪感に襲われるから、それを抜きにしても、出来るだけ先に入りたいけどな。


「よかった。それならいいけど、ちゃんとドライヤーはするんだよ?」


「うん、分かってる」


 今までで水無口さんが一番不機嫌になったのは、ドライヤーをしないと言った時だった。それに、髪がサラサラになるのは心地よいから、ドライヤーは今後もするつもりだ。




「あ、シュトーレン」


「本当だ」


 またシュトーレンが突然現れたけど、特に驚きは無い。お互いに慣れ始めている。


「「いただきます」」


 一緒に手を合わせて、食べ始めた。


「なんかさ、飽きちゃったかも」


「分かる。俺は甘さに堪えられなくなってきてる」


 今でもこのシュトーレンは絶品だと思っているし、こんな状況で食べ物があるだけ幸せだと分かっている。それでも、流石に飽きるし、なにより甘さがキツい。






「……あのさ、伊世いせくん、今日も寝ないつもりなの?」


 シュトーレンをなんとか完食して、寝る準備も終わり、ベッドに並んで座った。水無口さんの声が心無しか怒っているように聞こえたけど、気のせいだよな?


「そうするつもりだけど、どうしたの?」


「……私のため、だよね?」


「いや、ただ単に眠れないだけだよ」


「……ほんとに?」


 綺麗な声なのに怖い。すごい圧を感じる。

 これは、白状するしか無さそうだな……。


「……本当だよ。俺が寝てる間に水無口さんに何かあったらって思うと、眠れないんだ。だから、水無口さんの為では無いよ」


「……そうなんだ。……じゃあさ、一緒に寝る?それなら、私に何かあったら分かるから、寝れるよね?」


「待て待て待て待て。一旦待て。一緒に寝るのは無しだろ?」


「何で?伊世くんは襲わないんでしょ?」


「いや、問題はそこじゃなくて……」


「じゃあどこなの?」


 え、これってわざわざ説明するような事か?水無口さんは、距離感がどこかおかしい。


「と、とりあえず、一緒に寝るのは無し。今日はちゃんと寝るから」


「ほんとに?」


「普段通りに眠るのは無理だろうけど、ちゃんと寝るよ」


 ドライヤーの時にも思ったけど、水無口さんは強引な所があるから、こうでも言わないと一緒に寝ようとするだろう。


「うん。わかった。……あとさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど、いい?」


「何だ?」


「伊世くんは、ちょっと気を付けた方がいいと思う。すっごくモテるのは知ってるけど、口説き文句みたいな、ドキってさせるようなことを言いすぎ。いつか刺されちゃうよ?」


「一応これでも気を付けてるんだけど……」


 中学生の頃に刺されかけた事があるから、それ以降は気軽に女の子を褒めたりしないように気を付けている。でも、意外と難しいのだ。


「え、気を付けてなの?もっと気を付けた方がいいと思うよ?っていうかさ、いつも一緒に居る人達とは平気なの?」


「あー、あいつらは全員好きな人が居るから。そういうのは無いよ」


 女友達の事を言っているんだろうけど、あいつらとはただの友達だ。


「……あのさ、その好きな人、誰か知ってる?」


「俺と会った事がない人って言ってたし、名前は知らないな」


 恋愛相談には乗るから、特徴は知っている。確か、運動が得意で、優しくて、人助けをよくしている人らしい。


「はあ……。うん、よくわかったよ」


「……何が分かったんだ?」


「いや、何でもない。そろそろ寝るから、伊世くんもちゃんと寝るんだよ?」


「ああ……?」


 水無口さんは向かい側のベッドに横になると、ぶつぶつと何かを呟いている。「これ、平気?」「私、殺されたりしないよね?」

 殺されるだと?物騒な言葉が聞こえたけど、少なくとも俺の友達は殺させない。


「何の心配をしてるかは分からないけど、少なくとも殺される事は無いよ。俺がさせない」


「……それなら、ここから出れてもちゃんと守ってよ?」


「当たり前だろ?」


「もう……って、暗くなったね。伊世くん。ちゃんと寝るんだよ?寝てなかったら怒るからね?」


 部屋が薄暗くなったので、俺も横になる。


「分かってるって。水無口さんこそ、明日はちゃんと喋らないようにしてくれよ?」


「うん。一応、伊世くんが先に起きたら、今日みたいにして欲しいかも。抵抗しないし、すぐに思い出すと思うから」


「分かった。じゃあ、おやすみ」


「うん。おやすみなさい」


 俺は、瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る