5話
「あの、聞こえてる?私、ドライヤーの時間長いからさ、その間に入る?」
シャワーの音が止んで少しすると、
「聞こえてるけど、水無口さんがそこに居るのにどう入れと……」
男の裸なんて、見たくないだろう?
「あ、違くって。このドライヤー、コードレス?みたいだから、そっちでやればいいかなって」
「それなら、……入ろうかな」
「うん。じゃあ、目を瞑ってて」
「え、どうして?」
「服が濡れちゃうからまだ下着なの。お風呂までは私が連れてくから、安心してよ」
「まあ、分かった」
嫌な予感がするけど、大丈夫だよな……?
「じゃ、出るよ?」
「うん」
――ガチャッ、ペタン、ペタン、ペタン。
まだ足が濡れているのか、足音がする。
足音が近付いてきて、両手を握られた。
「このまま、お風呂まで行くね?」
「うん……」
――ペタン、ペタン、ペタン、
――ペタン、ペタン、ペタン、ツルっ!
「きゃぁっ!」
「おいッ?!」
俺が目を開けると、後ろ向きに倒れる水無口さんの姿が見えた。
水無口さんが手を離してしまったので、俺は咄嗟に腕を掴んで抱きかかえると、俺を下にして、片手で受け身を取る。
――ドンッッ!!
「……水無口さん、大丈夫?」
俺はすぐに目を瞑って、腕の中の水無口さんに声を掛けた
「……ごめんなさいっ!
「俺は平気だよ。水無口さんは?痛い所は無い?」
「うん、私はなんともないよ。伊世くんこそ、本当に平気なの?」
「もちろん」
この程度で怪我をするなんてヘマはしない。
「なら良かった……」
水無口さんが体を預けてきた。色々と当たっているし、シャツが濡れていくのも感じるけど、離れて欲しいとは言えない。突然後ろ向きに倒れて、怖かったんだろう。早い鼓動が伝わってくる。
俺は目を瞑ったまま、水無口さんが落ち着くのを待った。
「ご、ごめん!重かったよね。……って、服も濡れちゃってる!ほ、本当にごめんなさい……」
少ししてようやく落ち着いたかと思えば、勢い良く起き上がって、慌て始めた。
「重さなんて感じなかったし、服もすぐに乾くよ。だから落ち着いてくれ」
女の子一人を重く感じてしまうような鍛え方はしていない。シャツは結構濡れているけど、シャワーを浴びている間に乾くと信じたい。
「う、うん。ごめんなさい……」
「謝るのは禁止。ありがとうって言って欲しいな?」
「そ、そうだった。ありがとう」
「おう、どういたしまして」
水無口さんが落ち着いたみたいなので、俺は覚悟を決めた。
「あのさ、前置きをさせてもらうと、俺は謝るのを禁止って言ってるから、俺も友達には謝らないで、感謝するようにしてるんだ」
「え?突然どうしたの?」
「さっき一瞬だけ下着姿が見えてすごい綺麗だったし、さっきまでも柔らかいのが当たってて、最高だった。本当に、ありがとうございますッ!」
俺は目を瞑ったまま正直に叫ぶと、部屋が静寂に包まれた。可愛いと言われただけでも照れていたし、よっぽど混乱しているのだろう。
それでも見てしまったのは事実だし、なにより、俺は幸せだったのだ。水色の下着と真っ白なお腹。髪からはまだ水が滴る、非常に扇情的な姿。
体を預けてきた時はいい匂いがしたし、女の子の柔らかさを体感した。下着姿を見た時も思ったが、水無口さんの胸は意外とある。
この幸せを、感謝を、伝えない訳にはいかない。
「……ばか!何でそんな、はっきり言うの……!」
「事実なんだから仕方ないだろ?」
「もう……!えっち!女たらし!!ほんとにばか!!!」
水無口さんの声が響いて、部屋が静かになる。それでも、俺は待った。
「…………でも、うん。謝られるよりは、いいかも?……どういたしまして」
「ありがとう」
少しすると、水無口さんは許してくれた。
やっぱり、お互いに謝らずに、感謝し合って、許し合う。その方が全員幸せだ。
「あのさ、目を開けて、普通にお風呂に行っていいよ。もう見られちゃってるし、ちょっとなら、見てもいいから」
「分かった」
俺がゆっくり目を開けると、水無口さんのお尻が見えた。俺はすぐに振り返って、お風呂場に入ると、扉を閉めた。
「今も、ありがとう」
「……どういたしまして」
俺はお風呂場に漂ういい匂いを気にしないようにしながら、服を脱ぎ始める。扉の向こうからは、ドライヤーの音が聞こえた。
「水無口さん。もう、出ても平気?」
俺はシャワーを浴び終えたので、声を掛けた。
「うん!もう服を着てるから、いいよ」
――ガチャッ
俺が扉を開けると、水無口さんが駆け足で近付いてきた。
「伊世くんさ、ちょっと触ってみてよ。すっごくいい感じなの!」
水無口さんは髪を少し摘むと、俺に差し出した。見ただけでも分かる。お風呂に入る前から綺麗だったのに、より一層輝いている。
俺が髪に指を通すと、一切の引っかかりなく指が動いた。
「本当だ。サラサラしてるし、すごい綺麗だね」
「でしょ!!」
本当に嬉しそうに笑っていて、髪を大切にしているのが伝わってくる。水無口さんは上機嫌のままベッドに向かうと、ドライヤーと小さな容器を持ってきてくれた。恐らく、あれがヘアオイルなんだろう。
「はい」
「ありがとう。でも、俺は使わないから水無口さんがわかる場所に置いてきてよ」
髪も短いから普段から使っていないし、ヘアオイルとやらは使い方すら分からない。
「……使わないの?」
「そうだけど」
「なら、私がしてもいい?自然乾燥なんて、許せないから」
「……わ、分かった。ありがとう」
水無口さんにとって、ドライヤーをしないというのは許し難い事らしい。
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