4話

 シュトーレンも消えてしまったし、俺がベッドに腰掛けると、すぐ隣に水無口みなくちさんが座った。太ももが触れている。

 いくら何でも警戒心が無さすぎる。ここは密室で、ベッドの上で、俺は男だぞ?最低限の警戒はすべきだ。


「水無口さん。ちょっと近くない?」


「え……?嫌だった?」


「そういう訳じゃ無いんだけど、もう少し警戒心を持ったほうがいいぞ」


「警戒心?」


 ここまで言っても伝わらないか。


「絶対にそんな事はしないけど、もし俺が悪い男だったら、今頃押し倒されて、襲われてるかもしれないんだぞ?ただでさえ水無口さんは可愛いんだから、もっと警戒した方がいい」


「……か、かわ……?」


 やらかした……。つい流れで褒めてしまった。水無口さんは混乱しているし、意図も伝わらなかったかもしれない。


「や、やっぱり今のは忘れ――」


伊世いせくんだからだよ」


「……え?どういう事?」


 今までは接点が無かった筈だよな?


「伊世くんの噂はびっくりするくらいあるけど、悪い噂は一つも無いもん。だから、私をこんな場所に閉じ込めないし、襲ったりもしないはずって最初から思ってたの」


「……そうだったのか」


 確かに。学校では全く喋らない事で有名なのに、最初に声を掛けてきたのは水無口さんだったし、その後も質問したら声を聞かせてくれて、今では普通に話せている。

 噂なんて、今までは煩わしいだけと思っていたけど、少し見方が変わったかもしれない。


「それに、今は噂とか関係なく、信用してるよ。一緒に閉じ込められたのが、伊世くんで良かった」


 水無口さんは、俺の事をまっすぐ見つめて、微笑んだ。


「そ、そうか」


「え、照れてるの?顔赤いよ?」


「照れてないよ」


 こんなの、照れるに決まってるだろうが……。水無口さんは、もっと可愛いという自覚を持つべきだけだ。


「と、とりあえず、明日の事とかを話そう。多分だけど、次に出てくるのが夜ご飯で、その後は暗くなるから」


 感覚的には、さっきのが昼食だと思う。夕食後に暗くなると考えれば、授業を受けていたという最後の記憶とも辻褄が合う。


「わかった」


「まず、明日は喋らないで、基本的にはジェスチャーでやり取りする。それで平気?」


 喋らなかったらどうなるのか。それは分からないけど、この状況が少しでも良くなる事を祈ろう。


「うん。私がトイレに行く時は合図するから、邪魔しないでよね?」


 揶揄うような声色で言われた。少しだけ根に持っているのかもしれない。


「悪かったって。あと……お風呂はどうする?」


 この部屋にはお風呂がある。

 ただ、いくら信用しているとは言っても、扉には鍵が付いていないのだ。俺がいつでも入れてしまう状態で裸になるのは、抵抗があるだろう。


「んー、ちょっと見てくるね」


「見てくる?」


「うん。ドライヤーとかヘアオイルが無いなら、入りたくないの」


「え、何で?」


「髪が傷んじゃうじゃん」


「そ、そうなんだ」


 衝撃的だけど、水無口さんの綺麗な髪はそういった拘りで維持されているのかもしれない。

 水無口さんは扉の向こうへ行って、少し物音がした後に帰ってきた。


「んー、ドライヤーはよくわからないけど動いたし、ヘアオイルもちゃんとあったから入ろうかな」


「じゃあ、どっちが先に入る?水無口さんが決めてくれ」


 先に入るか、後に入るか。女の子にとっては重要な問題だろう。


「んー、それなら……、先に入ろうかな」


「わかった。ゆっくり入ってきなよ」


「うん、ありがと」


 水無口さんは立ち上がって、扉に向かった。そのままお風呂に入るのかと思いきや、扉が閉まる直前で止まり、振り返った。


「そうだ。先にタオルだけ取って欲しいんだけど」


「あー、届かないのか」


 そう言えば、タオルは洗面台の上の方に置いてあったな。水無口さんの身長だと届かないんだろう。


「一応頼んだだけで、ジャンプすれば届くもん。……多分」


「いや、止めてくれ。怪我でもしたらどうするんだよ」


 俺はタオルを取って、洗面台の横に置いた。


「他は特に無いよな?」


「あ、ある。これ、どうやってシャワー浴びればいいかわかる?トイレとか、全部ビシャビシャになっちゃわない?」


 ユニットバス未経験なのか。俺も始めての時は困った記憶があるから、気持ちはよく分かる。


「えっとな、カーテンを閉めて、バフタブの方で浴びるんだよ。こんな風にカーテンの裾をバスタブに入れないと水が漏れるから、ちゃんと入れるんだぞ」


「うん、わかった。ありがと」


 ――ガチャッ


 これ以上は無さそうだったので、お風呂場から出て扉を閉めた。


「あ、また何かあったら呼ぶから、よろしくね」


「分かった」


 俺がそう返すと、布が擦れる音が聞こえてきた。俺は耳を塞ごうとして、……手を止める。

 ちょうど今、何かあったら呼ぶと言われたばっかりだった。耳を塞いだら、水無口さんに呼ばれても気付けない。どうしようかと考えてるうちにも、事は進む。


 ――ジジジ…、シュル、パサリ。 

 ――プチ、プチ、プチ、プチ、ガサ。

 ――パチンっ……、シャーッ。


 最後にカーテンの音が聞こえて、シャワーの音が聞こえ始めた。とりあえず、一山越えたな。

 俺の中で、謎の達成感が生まれた。

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