第3話

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「お粗末様でした。陽翔くんの食べっぷりは見てて気持ちがいいわね」

 

 露葉さんお手製の夕食を食べ、使ったお皿をシンクへと持っていく。そのまま蛇口を捻って水を出し、お皿を洗うためにスポンジを泡立たせる。


「いつもありがとうね。お皿、洗ってくれて」

「いえ、お気になさらず。むしろこのくらいはさせてもらわないと、こっちが申し訳なくなるので」

 

 露葉さんの言葉にそう返す。これは謙遜でも何でもなく俺が心から思っていることだ。家族でもなく、ただの娘の幼馴染のために夕食を作ってもらっているのだ。お皿を洗うくらいはするのが当然だろう。これだけでは全然割には合わないだろうが、せめてもの恩返しだ。


「本当に陽翔くんはしっかりしてるわねぇ。これなら将来も安心だわ」

「全然そんなことないですよ。僕もまだまだです」

 お皿洗いの手を止めず、露葉さんの言葉に苦笑しながらそう返す。将来も安心と言うのは、露葉さんなりが俺を実の息子のように可愛がってくれているが故の言葉だろうか。


「そうかしらねぇ‥‥あ、そうだ。私、とってもいいこと思いついちゃった!」

「どうされました?」

 露葉さんが何かを閃いたような声を上げ、俺は首をかしげる。


「ねぇ陽翔くん?日菜をお嫁さんにするつもりはな~い?」

「はい!!?」

 露葉さんの爆弾発言に、さすがに驚かされ、俺は持っていたお皿を落としそうになる。一体、なぜ急にそんな話になったのだろうか?今までの会話で、そんな話は一切していなかったのに。


「とってもお似合いだと思うのよね~。それに、陽翔くんしっかりしてるから、安心して日菜のこと任せられるわ」

 どうやら俺がしっかりしている(露葉さん談)から、俺になら日菜を任せられるということらしい。さすがにそれは俺も、日菜も困るだろう。


「ちょちょ、ちょっと待ってください!さすがに突然すぎて困りますし、日菜も俺と結婚するなんて嫌だと思いますよ!なぁ、日菜?」

 助けを求めるようにして日菜の方へと目を向ける。

(日菜が否定してくれれば大丈夫なはず‥‥!)

「はるのお嫁さん‥‥はると結婚‥‥えへへ」

「‥‥日菜?」


 俺の期待は外れ、日菜は否定するどころか、顔を赤くし、口元をニヤつかせながら、なにやらぶつぶつ言っている。一体どうしたというのだろうか?


「おーい、ひなー?」

 お皿を洗っていた手を止め、日菜に近づき顔を覗き込んでみる。

「はるのお嫁さん‥‥えへへ」

 まだ現実世界には帰ってきていないみたいだ。


「おい日菜。帰ってこーい」

 そういって俺が右手で日菜の頬をつねろうとした瞬間――――

「‥‥ふぇっ!?はる!?キスするの!?」

「しねぇよ!!なんでだよ!!」

 現実世界に帰ってきた日菜にとんでもないことを言われた。


「え、でも今、顎クイしようとしてたんじゃないの?」

「してねぇよ!お前が心ここに在らずの状態だったから、頬つねろうとしただけだわ!」


 逆になぜ俺があの場面でキスしなけらばならないのだろうか。もとよりそんなつもりは一切ないし、露葉さんの目の前で出来るわけがない。


「それに、お前も嫌だろ。俺にキスされるの」

 いくら日菜が極度の人見知りとはいえ、華の女子高生だ。好きな人の一人や二人いるものだろう。それなのに俺がキスするわけにはいかない。


「むぅ‥‥私ははるにならキスされてもいいのに‥‥」

「冗談も大概にしとけよ」

「いったぁ!」

 そんなふざけたことを言い出す幼馴染の額を、俺は中指で弾く。


「冗談でもそういうこと言うんじゃねぇよ。俺が勘違いしちまったらどうすんだ」

「冗談じゃないもん!!」

「ハイハイ‥‥そういうことにしといてやるよ」

「むぅ、はるのばか」

 俺に弾かれた額を抑えつつ、そう抗議する日菜。どうやらかなり効いたらしい。


「とにかく二度とそんな冗談は言うなよ?わかったか?」

「はぁい‥‥べー!」

 未だにふてくされているのか、可愛らしい舌を出して不満を表現してくる。


(全く‥‥俺はただどの過ぎた冗談を言わないように注意しただけなのに、何がそんなに気に食わなかったのだろうか。幼馴染とはいえわからないことはわからないものだな。)


「ふふっ、本当に二人とも仲がいいわね。まぁでも、結婚はまだまだ先の話みたいね」


 俺がそんなことを考えているかたわら、露葉さんだけは一人でニコニコしていた。

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