第2話

「おかえり!!はる!

 ご飯にする?お風呂にする?それとも―――」

「はいはい、ただいま」

 

 満面の笑みを浮かべながら新妻のようなことを言い出す幼馴染を適当にあしらい、俺はリビングを出て、洗面所へと向かう。コイツとは家が隣同士のため、放課後こうして俺の家に上がり込んでいることがしょっちゅうあるのだ。


「むぅ、そんな言い方しなくてもいいじゃん!私は学校で疲れたはるを癒してあげたいだけなのにぃ」

「そりゃどうも。というかお前、毎度のことだが学校での雰囲気と変わり過ぎだろ」

 俺は洗面所で手を洗いながら、ぷんすか言っている幼馴染にそうツッコむ。

「うぅ‥‥それは仕方ないじゃん‥‥。はる以外の人は緊張しちゃうんだもん‥‥」

 俺のツッコみに、縮こまりながら日菜はそう言う。


 そう、この『月影日菜』という人物。学校では誰とも喋らず、教室の隅で本を読んでいるような地味な子だが、家(というか俺の前)ではそんな地味な雰囲気はなくなり、こうしてダル絡みやスキンシップを取ろうとしてくる。表と裏の差が激しい人物なのだ。

 

 学校では下ろしている長い髪も、家では後ろで束ねてポニーテールに。髪を結び、眼鏡も外しているため、長いまつげと、綺麗な亜麻色の瞳があらわになる。小柄な体格に似つかわしくないふっくらとした胸も、心なしか学校の時より主張が激しい。

 学校にこの姿で行けばまず間違いなくモテるだろう。


「緊張するとは言っても、朝也は毎日挨拶してくれるんだろ?返事くらいはしたらどうだ?」

「わかってるけどぉ‥‥緊張しちゃうと声が出なくなっちゃうんだもん‥‥」

 

 しゅんとした様子でさらに縮こまる日菜。分かってはいたことだが、この幼馴染は悪気があって朝也のことを無視しているわけではない。極度の人見知りのせいで、コミュニケーションを取れるようになるのに、かなりの時間が必要になるのだ。


「ま、これ以上朝也のメンタルを傷つけないでやってくれな。アイツ、結構ショック受けてるからな」

「はぁい‥‥あ、そうだ。はる、雫さんから聞いてるとは思うんだけど、今日はうちでご飯食べるから、はやく準備してね!」

 

 雫というのは、俺の母親の名前だ。俺の両親は、仕事柄、二人とも遅くまで働いていることが多いため、そう言うときは日菜の家でご飯を食べさせてもらっているのだ。


「いつもありがたいな。すぐ準備するよ」

「まぁ私が作ってるわけじゃなくて、ママが用意してくれてるんだけどねぇ」

 あははと苦笑する日菜。

「知ってる。日菜が料理してるところなんて見たことないしな」

「むぅ、私だって料理くらいできるんだから!」

「はいはい、わかったってば」

 

 ぷくぅと頬を膨らませる日菜を適当にあしらいつつ、俺は着替えるためにリビングを出て、階段を上り自室へと向かう。


「‥‥私だって、将来のためにいろいろ勉強してるんだから‥‥」


 俺がリビングを出た後の幼馴染のつぶやきは、誰に聞かれることもなく、しずかに消えていった。





「ただいまー!」

「お邪魔します」

 自分の家から徒歩30秒、隣にある日菜の家へとやってきた。


「ママ!はるも連れてきたよ!」

「いらっしゃい陽翔くん。すぐ用意するからちょっとだけ待っててね」

 キッチンに立っている日菜のお母さん――――月影つきかげ露葉つゆは――――は、そういってニコッと微笑む。

 

 彼女は、小柄な体格ではあるが、胸の膨らみはハッキリしていて、エプロン越しでもその存在をアピールしてくる。髪は日菜と同じウエーブがかった茶髪を左の肩に流している、いわゆるサイドダウンで、髪色は日菜との遺伝を感じさせる。それだけでなく、くっきりとして二重に、透き通るような黒色の瞳と、かなり整った顔をしている。世間一般的に見ればかなりの美人である。



「こんばんは露葉さん。いつもありがとうございます」

「気にしなくていいのよ。私も好きでやっていることだからね」

「そーそー。はるは気にする必要ないんだよ。――――あ、私自分の部屋に行ってくるから、はるはソファにでも座って適当にくつろいでて」

 

 日菜は露葉さんの言葉に相槌を打ち、そのままリビングを出ていった。とりあえず俺は、日菜に言われたようにソファに腰を下ろす。


「陽翔くん、日菜の学校での様子はどうかしら?やっぱり今まで通り?」

 露葉さんが少し不安そうに聞いてくる。

「そうですね。他人と喋っている様子は一度も見ていません」

 露葉さんの問いに俺はそう答える。

 

 日菜の極度の人見知りは今に始まったことではなく、小学校の頃から学校で喋っているのをほとんど見たことがない。その頃からずっと、日菜の家族や俺の家族の前でしか喋らないのだ。


「ただ、新しく同じクラスになった友達に、かなり明るい奴がいるので、もしかしたらそいつとは日菜も仲良くできるかもしれません」

 

 俺が話したのはもちろん朝也のことだ。日菜はああいった明るいタイプの人間が苦手なわけではなく、単純に他人と話すのが苦手なだけなので、これからも朝也が積極的に日菜に絡んでくれれば、もしかしたら仲良くなることができるかもしれない。


「あら、そうなのね。日菜にも友達ができたらそれ以上嬉しいことはないわ。陽翔君もよろしくね。――――さ、ご飯の準備もできたし、冷めないうちに食べちゃいましょ」

「いいにおいがする!ご飯だ!」

 

 話していたら露葉さんの準備も終わったらしく、そのタイミングで日菜も降りてくる。


「いいところで降りてきたわね。3人で頂いちゃいましょうか」

「はーい!」

 素の日菜らしい元気な声で返事をし、食卓につく日菜。

(どうしたら素の日菜が出せるようになるのだろうか)

 明るい日菜の姿を見ながら、俺は考えを巡らせるのだった。











 ――――――――――――――――――――――――

 日菜の可愛さはこんなものではありません!!

 もっと可愛いところを見せていきますよ!!

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