第十三話「都」

 時は昼刻、都へ続く森道を抜けると一気に木々が減り視界が開ける。

 そこは月雫つきしずくという真白な美しい花が一面に咲き乱れる。

 この月雫の原野は曨國十景の一つに数えられる観光の名所。

 都を訪れる旅人や商人、他国の要人等は皆この絶景を一目見ようとこの花園へ参じる。

 

「おお…!なんと美しき花絨毯、素晴らしいな!」


 大熊を背負ったシュラは眼前一面に広がる絶景に感嘆と言葉を上げる。

 他の面々もまたその光景に言葉を失っている。


「相変わらずここは美しいですね…」


シュラの従者玉梓は懐かしそうにそう言う。


「なんじゃ玉梓、お主はここを知っておるのか」


「わえは大旦那様に拾われるまで曨に住んでおりましたからな」


「では玉梓様は都にも来たことがあるのですね!」


 もう一人の従者である桔梗が明るい声でそう言うと、玉梓は首肯で返した。

 それにしても、とシュラは後ろを振り返る。


「娘よ。お主、ちと体力が無さ過ぎるのではないか?」


 後ろからぜえぜえと息を枯らしてメイドに支えられながら歩くシャルロットにそう言った。

 シャルロットの父ガストンと御者はまだ余裕がありそうだ。


「も、申し訳ありません…」


「お嬢様はあまり運動をしてきておりませんので…」


「済まないなシュラ殿」


 申し訳なさそうにする四人に「別に責めている訳ではない」と言い酒を煽る。


「ほれ、都までもう少しじゃ。気張って行くぞ」


 そう言って大熊を背負っているとは思えないほど軽い足取りで歩いていく。

 ふと遠くに視線を向けると都の影が見えていた。



 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 曨國の都は桜華城を中心として碁盤の目状に町が広がる形をしている。

 整備された街並みは城主の権力の強さを表す一つの指標となる。


 都の東西南北四箇所には大門と呼ばれる巨大な関所が置かれており出入りする人間も物も全てここで検査される。


「おお、あれが都の玄関口となる大門か!」


 月雫の原野から暫く、とうとう都の大門がはっきりと視認できる距離まで辿り着いたシュラ一行。


「早速行くぞ!」


「大嬢、少しお待ち下さい!」


 そう言って今にも駆け出そうとするシュラを制する玉梓。

 

「なんじゃ、早う行くぞ」


「その大熊、背負ったまま都に入るおつもりですか?」


「ダメか」


「ダメです。そんなもの断りなしに持ち込めば即座に捕縛されますぞ」


「ではシュラ殿、その熊の素材を冒険者組合ギルドで売却してはどうでしょう」


 シュラと玉梓の会話を聞いていたガストンがそう切り込んだ。


「ほう、買い取らせるということか」


「シュラ殿は冒険者登録をするのでしょう、ならばその時に売却すれば暫しの路銀にもなるのでは」


「確かに、では肉はこちらの食糧として皮や爪等は組合で買い取って頂きましょう」



 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 それから暫く進むと都の四方の大門が一つ、南大門が眼前に聳え立つ。


「なんと巨大な……郷の大門より更に一回り以上はありそうじゃ」


 ソレを見上げ感嘆の声を上げる。

 この大門は都の関所の役割も持っており、都へ出入りする人も物も全てここを通ることになる。

 暘港より更に多くの人が行き交うこの場所は年中喧騒が流れている。

 しかし今日に限っては人々の視線は赤い大毛玉を軽々と背負うシュラに注がれていた。

 彼女は彼等の注目に気持ちが悪そうに身震いしていた。


「大嬢、そう殺気立っては更に目を集めますぞ」


「……分かっておるわ」


 そう言ってなんとか気を落ち着かせる。 

 すると、シュラの漏れ出る殺気に気付いたのか役人らしき男がつかつかと一行の前に歩いてきた。


「鬼族の方とお見受けする、通行手形はお持ちでしょうか」


「こちらに」


 玉梓は袂から手形を取り出し、役人に示す。

 役人はソレを手に取り暫く目を通すと、大きく眼を開いた。

 そしてシュラへ顔を向け、再び手形へと視線を戻す。

 そして大きく息をつき、手形を玉梓へ返してシュラの前に立つと両の膝を付き平伏の姿を取った。


「鬼神子様、先程の無礼をお許し下さい」


「ん?別に礼を欠かれた覚えはないが」


「大嬢を平の鬼とした事への謝罪かと」


「あぁ、そういう事か。良い良い、許す。面を上げよ」


 役人は恐る恐るゆっくりと顔を上げた。


「儂がその程度の事で腹を立てる器に見えたか?それこそ礼を欠いておるぞ」


 そう言ってカラカラと笑う。


「して、儂等の登都への許しは出たか?」


「も、勿論でございます。どうぞお通り下さい」


 そう言って役人は道を開けると大門を手で示した。

 それに従い、一行は門を潜る。


「まずはこの子赤熊を処理せねばな」


「では西門付近にある組合を目指しましょう」


 そう言って熊を背負ったまま大通りを行く。

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