第十話「可愛イ子ニハ旅ヲサセヨ」

 午の上刻、土岐の港では島民達が巨蛸を囲んでの祭りが続いていた。

 シュラはその群衆から離れた場所で一人酒を煽り、海を眺めていた。


「あ、あの……」


 黄昏ている鬼神子に近づく小さな影が一つ。

 シュラが振り返るとそこには桔梗が物言いたげな顔で立っていた。


「お?どうした童よ、儂に何か用か?」


 シュラがそう問うと桔梗は少し思案した後、意を決した様に言葉を吐いた。


「私をシュラ様の旅に同行させて頂けませんか…!」


「……ほう、儂の旅路をともにしたいと申すか」


「は、はい!」


「ふむ。それはちと厳しいのう」


「何故でしょうか…」


「はっきり言うがな、足手纏いじゃ」


 シュラのその言葉に一瞬たじろぎながらも桔梗はしかとシュラの目を見つめ口を開く。


「…私のような子供では足手纏いなのは承知しております。それでもどうか、同行を許していただけませんか…!」


「…話くらいは聞いてやろう、何故儂に伴したいというのだ」


 言うてみい、と酒を煽る。

 そして桔梗はぽつりぽつりと話を始めた。

 

「私が子供の頃、この島を訪れた旅人の方がおりました。彼はここを甚く気に入ったそうで長いこと停泊していました。そして私に世界中を回った冒険譚を聞かせてくれたのです。それからというもの、いつか島を出て彼らと同じ様に世界を旅したいと思っていましたが、父と母は許してくれません……」


「それで、儂に伴したいということか」


 シュラは桔梗の境遇に程度は違えども自身の境遇と似たものを感じた。

 外の世界に憧れるも親に許されない。


「おーい!桔梗!」


 シュラが思案していると遠くから桔梗を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主は桔梗の父、吉平であった。


「こんなところにいたのか」


「お、お父さん…」


「ん?シュラ様と何か話していたのか?」


「え、えっと……」


 困ったような顔でシュラの方に視線を向ける桔梗。

 その光景を見たシュラは吉平に向かい口を開く。


「童の父よ、妙殿をここに連れて参れ。桔梗が何やら話があるらしい」


「へ…?」


 桔梗はシュラの言葉に目を丸くした。


「桔梗、何だ話って…」


「大事な話じゃ、ちゃんと両親と話し合わねばならん。そうじゃろ?桔梗よ」


 シュラがそう問いかけると桔梗は真剣な眼差しを吉平に向けた。


「…?なんだかよくわからんが、妙を連れてこればいいんだな?」


 そう言って吉平は港の方に歩いて行く。

 桔梗は緊張した面持ちでそれを見ていた。



 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 暫く待っていると吉平が妙を連れて戻ってきた。


「それで話というのは…?」


 妙はシュラにそう尋ねた。


「ほれ桔梗、お主の望みじゃ。口に出さんと伝わらぬぞ」


 そう言って桔梗の背を軽く押し、妙と吉平の前に立たせる。


「あ…え、えっと……」


「どうしたんだ?桔梗、何か言いたいことがあるのか?」


 桔梗は少し泣きそうな顔でシュラに視線を向ける。


「ダメじゃ、お主の口から言え」


 シュラはそれを冷たく突き放す。

 ここでシュラの口から桔梗の旅出するよう言っては桔梗の為にならないと判断した。

 暫しの沈黙の後、桔梗は意を決した。


「お母さん、お父さん……私、シュラ様に付いていきたい」


「なっ……」


「桔梗、貴方何を言って……」


 言葉を失う二人。


「……本気なのか…?」


 吉平は真剣な表情でそう問う。

 桔梗はゆっくりと頷いた。

 それを見た妙はシュラに向かい合う。


「……シュラ様は桔梗の同行を認めて下さるのですか」


「んー?まぁ、構わぬぞ」


「旅は危険です、もし桔梗に何かあったら……」


「責任など取れぬぞ、旅に絶対は無いからの。桔梗には自衛の技位は叩き込んで貰う、手前の身すら守れぬようでは足手纏いじゃ。その覚悟を以て儂に伴したいと申し出たんじゃろうしな」


 シュラの言葉を聞いた吉平と妙は黙考する。


「旅の最中、魔物や野盗に襲われるやもしれぬ。子を想うお主等の気も分からんでもないが、いつまでもこの島に縛り付けておくのもまた子の為成らず」


「しかし……」


「可愛い子には旅をさせよ、と昔から言うじゃろ。……なーに、安心せよ。この鬼神子が童を守ってやるわ。絶対は無いがの」


 そう言ってシュラはからりと笑い酒を煽る。

 桔梗はその隣で両親を見つめている。

 そして妙が口を開いた。


「……本気、なのですね」


「うん…私、旅をしたい」


 吉平は二人の様子を黙って見守っている。


「わかりました……しかし、条件があります」


「条件…?」


「毎月の頭に必ず手紙を出して無事を知らせなさい」


「じゃ、じゃあ許してくれるの……?」


「……ええ、貴方の旅出を許します」


 妙のその言葉に桔梗は喜び勇み、吉平はその様子を見て呆れた様に笑んでいた。


「では桔梗よ、旅道具一式を直ちに揃えよ。儂と玉梓は港にて島長が用意した船の傍でお主を待つぞ」


「は、はい!」


 そう言ってシュラは船着場へ歩く。

 残された三人は暫く話し込んだ後、家に戻っていく。



 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 港に戻ってきたシュラは玉梓と合流すると桔梗が旅に同行する事になったと伝えた。


「……本気なのですか大嬢」


「本気だが?」


「あの子はまだ齢十程の子供ですぞ」


「……例え道程で命を落とそうとも、その覚悟はあると桔梗本人が言っておるのだ。問題ない」


 シュラの言葉に溜息をつきながらも玉梓は諦めたように口を開いた。


「……承知致しました、桔梗さんの同行はわえも認めましょう」


「今は午の終刻、そろそろ再開せねばならんな」


「ではわえは出航の準備をしておりますゆえ、大嬢は桔梗さんのここでお待ちください」


 玉梓はそう言うと源之助が手配した船に乗り込んだ。


「食糧はどうなっておるのだ」


「先程島の方が袋いっぱいに詰めて持ってきてくださりましたよ」


 玉梓は船の後方にある大葛籠おおつづらを指さしてそう言った。

 どうやらそこに収めているらしい。


 そうこうしていると正刻の鐘が八つ島に響いた。

 未の刻になったようだ。

 港にはまだ島民が残っている、どうやらシュラ達を見送ってくれるらしい。

 するとぱたぱたと草履を鳴らし、笠を頭に乗せて大きな風呂敷を背負った桔梗が走ってきた。


「す、すみません……遅くなりました……」


 ぜえぜえと息を切らして言葉を吐く。


「おう、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」


「桔梗さん、ご両親と話はしっかりしましたか。暫く会えませぬぞ」


 玉梓の問に深く頷く桔梗。


「それなら良いのです、ではもうすぐ船を出します。予定より遅れておりますゆえ」


 そうして玉梓が船を出そうとした時。


「シュラ様!」


 吉平がそう呼び止めた。

 彼は真剣な眼差しでシュラを見る。


「……娘の事を、よろしく頼みます」


 深く頭を下げそう言った。

 シュラはそれに軽く鼻を鳴らして返す。


「お父さん、お母さん。……行ってきます!!」


 少し目に涙を滲ませて桔梗は両親に大きく手を振る。

 それに吉平と妙は笑み、手を振り返す。


 港に集まった島民達も大きく手を振って船を送り出した。

 桔梗はそれから港が見えなくなるまで目を滲ませながら手を振り続けていた。

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