第七話「頑固親父」

 鬼神子シュラの出郷騒動、その触れが郷中に出されてから丸一日が経った。

 今も鬼ヶ島では鬼族達が既に島を脱してしまっている神子を探し回っていた。

 郷の中心、月輪湖にある鬼神の御殿では神子達が居ないため仕事が無い使用人達は鬼神の后ヤシャの命により御殿の最奥にある荒れ果てた部屋の補習に充てられていた。


「おいヤシャ、何故愚物の部屋なんぞを直す必要がある」


 ばたばたと作業に取り掛かる侍従共を横目に鬼族の男がそう言った。

 この他の鬼族の男衆より一回り以上の巨躯を持つ男の名はシュテン。

 当代の鬼神、その人である。


「……娘を愚物等と呼ぶのはやめなさいと何度申せば分かるのですか、シュテン」


「ふん、彼奴など愚物で十分だろうが」


「あの娘も私達の大事な子でしょう」


「……俺の子はシュラのただ一人だ」


「あまり辛く当たりすぎると、シュラだけでなくユラも出て行ってしまうやもしれませんよ」


 ヤシャのその言葉に無言で返し、ユラの部屋を侍従が出入りするのをじっ、と睨み付ける。


「子離れできぬ親は嫌われますよ」

 

「何を言うておる、彼奴等はまだ弱いのだ。まだまだ鍛錬が足りん」


「確かに貴方と比べればあの子達は弱いかもしれません。しかし、もう既に郷でシュラに力で勝れる者はおりません。ユラも自身の能力を上手く使い戦う すべを確立しております。もうあの子達は私達の手をとっくに離れておりますよ」


 それに、とヤシャは続ける。


「もうあの子達は齢十六、一人前の大人として扱われる歳です。そろそろ外に出してあげてもいいのでは無いですか?」


「ならん、彼奴等は次代の鬼の王になるのだ。外をほっつき歩かせる時間は無い」


「あら、貴方はまだ暫く隠居する気は無いのでしょう?ならば良いでは無いですか。それとも、何か他に理由があるのですか?」


 ヤシャの問に答えず、シュテンは目を伏せた。


「……結局、貴方は恐れているのでしょ。あの子達を失う事を」

 

 その言葉にシュテンはじろりとヤシャを睨んだ。


「ならば、お前はいいと言うのか」


「そんな筈ないでしょう。私とてあの子達を失いたくはありません、愛する可愛い我が子ですから。……しかし同時に、あの子達がつまらぬそうに障子窓から郷を眺めているのも可哀想に思います。シュラは自身の欲を口に出してくれますから分かりやすいけど、ユラも外に出てみたいと ウツホに零しているのを何度か聞いていますよ」


 もう良いのではないですか、とヤシャは言葉を結んだ。

 それに何を言うでも無く目を伏せ何やら思案する様子を見せる夫を見て頬を緩める。


 鬼神子の出郷騒動、これは不器用な頑固親父に何か響く事があるだろうか。

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