雪乃

 ばあやから電話を受け取った。

「もしもし、お電話代わりました。はい、雪乃です。え? 結人くん、元気? うん、うん。お義父様から聞いたの? そう……。いいよ。目立たない格好の方がいいのかな? 分かった、土曜日の10時ね。じゃあ、またね」


 雪乃ゆきのは受話器をゆっくりと置いた。朗らかな可愛らしい調子で話していたため、ほっと息を吐いた。令嬢らしくゆっくりと歩きながら、弾む心を抑えきれずにいる。自室に入ると、ウォークインクローゼットに潜り込んだ。


 白いサマーニットを体の上から合わせてみた。白い肌に紺の模様がよく映え、清楚な印象を与えている……気がする。だが汚れるかもしれない。汚れた姿を結人に見せたくなんてない。

 この葡萄色のテントラインワンピースはどうかしら? ウエストをベルトで絞って、そうね……この檳榔子黒のベルトがいいかしら? シフォンだから艶っぽさも演出できるといいなぁ。あ、一旦結人くんの家に行くから、お祖母様にも結愛ちゃんにも会う。止めておこう。お祖母様の視線も怖いし、結愛ちゃんの教育にも悪いかも。あの子、まだ9歳よね。

 このIラインのワンピースは上品、大人っぽいわ。色も紅葉色。少し早いけれど、問題ないでしょう。あ、だけど探偵のようなことをする日なのよ。このワンピースはきっと動きづらいから、没ね。

 じゃあ、このサテン生地の……暑いから止めよう。「お洒落は我慢」と言うそうだけど、私がそこまで割り切ることは出来ない。


 雪乃は俯き、ウォークインクローゼットから出た。クローゼットをパタンと閉め、扉に寄りかかった。そのまま座り込み、膝を抱え込んだ。私ってお洒落に向いていないのかしら?

 そもそも、外出の目的を思い出さないと。目的は結人くんのお義母様を尾行すること。だから目立たない服の方がいい。でもどこまで行くのかしら? 「お母様が再婚する」から尾行するそうだけれど、やっていることがまるで……。


「どんな相手なのかが気になる」

 結人はお義母様と一緒に住んでいない上に、結婚式に出席することもないでしょうに。そもそも結人くんも私も受験生なのに。

 雪乃はクスリと微笑んだ。


 そろりと立ち上がり、窓から外を見た。陽が沈もうとしている。青と茜と白い雲が溶け合う空を眺めながら雪乃は思った。

 土曜日が素晴らしい日になりますように。お義母様の相手が、お義母様を大切にしてくださる素晴らしい方でありますように。コソコソと事を運ばずとも、結人くんと結愛ちゃんがお義母様と会えるようになれますように。そして、この想いが届きますように。

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