嫌われ同士
魔界の戦馬に殺されたジャンの葬儀を途中でアトゥームたちは退出し、魔物討伐にかかった。
戦皇リジナスを殺した弑逆者としてアトゥーム逮捕のふれが広まるまでもう少し時間がある、ラウルはそう読んでいた。
戦皇が死んだとの噂はもう少し早くに届くだろうが問題無いだろう。
第六感が働いたのをラウルは自覚していた。
この村に来た事、魔物退治の話を聞いた事、何らかの意思が働いたのかもしれない。
魔界の戦馬を見た時、自分たちの運命に関わるものだと直感したのだ。
まだ自分の予知も完全とは言えないが、その力を鍛えて損は無いはずだった。
あと二日、それがラウルの判断した残り時間だ。
外れだったとしても転移魔法で飛べば追っ手をまくことは出来るはずだ。
昨晩と同じ様に
しかしまるで足取りが追えない。
魔界の戦馬との混血だけあって夜に活動する怪物かも知れなかった。
二日はあっという間に過ぎた。
最後の晩、アトゥームたちは戦馬を倒す最後の機会に恵まれたのだった。
* * *
「この奥に逃げ込んだな――」洞窟を覗き込んでリーダーが言った。
幅二メートル、高さもそれ位有りそうな大きな洞窟だ――魔物が根城にしていたのだろう、男衆がこんな洞窟があるとは知らなかったと呆然と呟く。
ラウルが結界の魔法を張った――直接攻撃のダメージを減らすものだ。
リーダーが先頭、もう一人の戦士が最後尾についてランタンで洞窟を照らしながら中に入っていく。
男衆と戦士一人が魔物が外に逃げた時の為に待機していた。
思ったよりも深い洞窟だった――リーダーが槍を構えて下り坂を降りていく。
馬が恐怖にいななく声が聞こえてきた。
「もう少しだ――」リーダーが落ち着いた声で皆に告げる。
突然視界が開けた――魔法陣の描かれた広間――そう形容するのが一番ふさわしい、そんな空間の中に魔界の戦馬がいた。
戦士たちが左右に広がる。
幾つもの火の玉が飛んでいた、
小鬼たちはクスクスといやらしい笑い声をあげて辺りを飛び交う。
馬は襲い掛かってきた。
リーダーが槍で馬を突いたが固い皮膚に攻撃は阻まれた。
逆に噛みつかれる――何とか鎧が防いだが、歯形がくっきりと残った。
横合いからアトゥームはデスブリンガーを抜いて斬りつける。
会心の一撃だった。
深い傷に赤黒い血が飛んだ、馬は悲鳴を上げて暴れ回る。
辺り構わず蹴りを繰り出す。
ラウルが〝根がらみ〟の魔法を唱えた――魔法のつる草が馬の足を絡め捕る。
必死につる草をかみ切ろうとしたが叶わず魔界の戦馬は倒れた。
「止めを――」リーダーが馬の目に槍を突き付ける。
馬の目に怯えと怒りが走った――その目を見たアトゥームは戦馬の記憶が自分に流れ込むのを感じた。
デスブリンガーの力だ――斃していない相手の記憶を読むなど初めての事だった。
この馬は召喚された父馬――純潔の魔界の戦馬――が犯した雌馬から生まれた。
産道を通れなかった馬はこのまま死ぬのではと恐怖に駆られて母の胎を食い破ったのだ。
その様子を見た村人たちに殺されそうになって必死に逃げた事、恐怖と孤独と怒りの中で生きて来た事、生まれてすぐに殺される理不尽への怒り、父にも母にも見捨てられたとの悲しい思い。
ここで死にたくない――必死の思いが伝わってきた。
アトゥームはその思いに打たれた――気付いた時にはこう言っていた。
「待ってくれ」
リーダーが怪訝な目をする。
「こいつを殺さないでくれ、俺が責任をもってこいつを飼う。こいつにはこれ以上人に危害を加えさせない」
「何を言ってるんだ、あんた。こいつが何をしたか分かって言ってるのか」
「分かってる。それでもだ。こいつは俺の――乗馬にする。俺にはこいつが何故狂ったかが分かる」
「俺達には許せんよ、ジャンの仇だぞ」男衆の一人が言った。
「ジャンの遺族と、母馬を失った家には補償する。相場の三倍払っても良い。もちろん報酬もいらない」
男たちの間に沈黙が走った、数分の間誰も声を上げなかった。
それを破ったのは外からの声だった。
「皇都から知らせが来た。皆、聞いてくれ――〝皇国の盾〟のアトゥーム=オレステスがリジナス戦皇陛下を殺害して逃亡したそうだ――エレオナアルのクソが皇位を継ぐと――本当にくそったれだ」
「アトゥームは十七歳、黒髪に両手剣を持って――」そこまで聞いて男衆はしげしげとアトゥームを見た。
厄介な事になるかもしれない――アトゥームは覚悟した。
「そうだよ。僕はラウル=クラウゼヴィッツ。アトゥーム=オレステスの義理の弟。そこにいるのはアトゥーム義兄さんで間違いないよ」
「ラウル」アトゥームは流石にまずいと思った。
「やはりそうか。リジナス陛下は人望が薄かった。エレオナアルは薄いなどというものでは済まない」
「義兄さんは嵌められてリジナス殺しの汚名を着せられた。エレオナアルは皇位簒奪を目論んでいたんだ」
「あの屑の考えそうな事だ。――奴はこの村で人狩りをやりやがった。女共が連れ去られた。二年前の事だ」男衆が怒りを込めて言った。
「俺の許嫁も無理矢理後宮に連れ込まれた。妻を奪われた者さえいる」言葉を区切ってアトゥームたちを見た。
「アトゥームさん。俺たちはエレオナアルに恨みがある。あんたを生かす事で奴の望みが一つでもついえるなら、少しでも溜飲が下がるなら、それだけでもあんたたちを助ける理由になる」
アトゥームはラウルがなぜ自分たちの正体を明かしたのかを悟った。
エレオナアルがここまで人望が無いとは近くにいた自分すら知らなかった。
「行ってくれ。その馬も連れてっていい。ラウルさん、あんたの分の馬も用意する」
「ラウル、治癒魔法をその馬に」
馬は抵抗する事無く魔法を掛けられた――本能的に助けられた事が分かったのだろう。
ラウルはつる草の魔法を解く――馬はすっくと立ち上がったが、騒ぐ様子は見せなかった。
アトゥームたちが歩き出すと大人しく馬は付いていく。
表で待っていた男たちが道を開けた。
リーダーが魔界の戦馬を助ける事にした顛末を話す。
納得いかない顔の者は居なかった――それだけ人狩りは村人の怒りを買っていたのだ。
「エレオナアルに恨みがあるのは俺たちもあんたも同じだ。頼む、エレオナアルを倒してくれ。俺たちも手助けする」
「約束する。今すぐにとはいかなくても必ず奴を倒してみせる。俺の名と魂にかけて」アトゥームは誓った。
「村はあんたの味方だ。軍や近衛が送られてくれば流石に抵抗できないが、少しの間ならあんたたちを匿える。エレオナアルもまさかこの村にあんたがいるとは思わないだろう」
「お言葉に甘えさせてもらうよ――明日の正午まで村に留まらせて。魔力を回復させたいんだ」ラウルが村人の言葉に乗っかった。
「帰ろう。戦馬に馬具をつけてやらないとな」アトゥームたちは月が雲を照らす中、村へと帰った。
村人たちは戦馬が大人しく従っているのを見て仰天した。
今までこの馬が荒れてない事など無かったのだ。
村人の中にはアトゥームの正体が分かっている者もいた――エレオナアルに敵対する者だと。
村長がアトゥームたちに祝福あれと呼び掛けた。
「ヴアルスの加護がありますよう」村人たちもあわせて祈る。
翌日――アトゥームとラウルは騎乗して帝国への道を歩み出した。
村人たちは老いも若きも男も女も皆手を振って見送ってくれた。
――村人たちが虐殺されたのをアトゥームたちは帝国に入った時に知ったのだった――。
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