魔界の戦馬

 死神の騎士アトゥームと軍師志望のラウルは皇都ネクラナルから転移魔法で脱出した。


 冬だった。


 魔法で寒気を遮断した結界内で二人は服を着替えた。


 追手が来ない所まで飛ぶと、徒歩での逃亡に入る。


「義兄さんと旅行なんて初めてだね」帝国へ向かう街道を歩きながらラウルが楽しそうに言う。


「馬を貰ってくれば良かったな」アトゥームが答える。


「それは失念してたよ」


 月明りが辺りを照らしている。


 開けた道の先に村がある、そこまで行って今晩は休む予定を立てた。


 結界が解ける――寒気が身を締め付けた。


 半刻程も歩くと村に辿り着いた。


 まだ灯りの付いている酒場がある、二階は宿屋になっているようだった。


 酒場に入る。


 この時間だというのにカウンターもテーブル席もかなりの人数が居た。


 客たちは入ってきたアトゥームたちを鋭い目つきで見る――緊張感が辺りを包んでいた。


「暖かいレモン水を二つ。あと簡単な食事を」アトゥームはカウンターに座って注文する。


 暖炉では炎が燃え盛っていたが、隙間風は吹き込んできた。


「あんた達、冒険者かい? 」運ばれてきた料理を食べようとした時、隣の男が二人に話しかけてきた。


「そうですよ」アトゥームを遮ってラウルが答えた。


「あんたは魔法使いか? 」


「まだ駆け出しですけどね」


 男は安堵したような顔になった。


「良かった――出来れば俺達に手を貸してくれないか? 報酬は払う」


「良いですよ。仕事は何ですか? 」


「魔物退治だ」


「正体は分かっているんですか? 」


「三日前、村で馬が子を産んだ――正確には子が母馬の腹を食い破って生まれた――魔界の戦馬の子を宿したらしいんだ。以来、村人がその子馬――子なんて魔物に使うのは適当じゃないな――に襲われる事件が頻発してる」


「その馬を殺すのか? 」アトゥームが尋ねる。


「そうだ。生かしておけば人間が殺されかねない」


「報酬は? 」


「馬を仕留めた者に銀貨七十枚、見つけた者に十枚、参加した者に一日当たり二枚」


「いつから入ればいいんですか? 」


「あんた達が良ければ今日からでも入って欲しい。もう少しで出発する。馬は生まれたばかりでまだ魔界には行けないらしい。混血だからかもしれないが」


「どの辺りに隠れているか、見当はついてるのか? 」


「森か山だろう――洞窟かも知れないが。村からそう遠くないのは間違いない」


「出発は――? 」


「一刻後だ。雪を踏むことになる。あんた達スキーは履いた事があるか」


「滑りながら魔法が打てるほど僕は器用じゃないですよ」


「いや、あんたは馬探しと後方支援に徹してくれればいい。仕留めるのは俺たち戦士だ」


「何人が参加するんだ? 」


「冒険者が俺達を含めて五人、村の男衆が十五人。男衆は勢子だ。さっきも子牛が殺された。今日は夜を徹して捜索してくれと頼まれた」


「それで何かピリピリしていたのか」アトゥームが納得したように呟く。


「一休みしたらここに戻ってきてくれ。宿代とさっきの食事代はただにしてくれる」


 部屋に案内されたアトゥームとラウルは短い仮眠を取ると冒険者の装備に着替えた。


 武器を手に下に降りる。


 から竿や草刈り鎌、ピッチフォーク等の農具で武装した男衆と、重装備の冒険者達が待ち受けていた。


 さっき話しかけてきた男が地図を床に置いて手際よく探索する範囲を皆に示す。


 宿に立てかけてあったスキーを履く。


「よし、じゃあ行くぞ」男の合図で皆が出発した。


 月が照らす中を、最初の山に向かって進む。


 ラウルは風妖精シルフィードを上空に飛ばして索敵する。


 少し離れた丘に真っ黒な影がいるのを感覚共有で捉えた。


「左手側の丘の上に何かいます――貴方の言っていた魔物の馬では」


 一行は木々の間を抜けてラウルの指示した方に向かう。


 果たして、月を背後に真っ黒な馬が立っていた。


 夜闇の中赤く輝く目が一目で馬がこの世のものではないと教えていた。


 勢子たちは怯む。


 アトゥームは弓の準備をした。


 弓を持っている者達が続く。


 一呼吸の後、矢が馬に襲い掛かる――しかし、当たるかと思われた矢は固い皮膚に弾かれた。


 金属質のガラガラという音が響く。


「化物だ――」勢子の一人が呟いた。


 馬は一際大きな声でいななくと棹立ちになった。


 本当に生まれて三日しかたっていない馬だろうか――普通の戦馬と同じか、それ以上の体躯に見えた。


 あっという間に突進してきた。


 勢子たちは逃げようと悲鳴を上げながら散り散りになった。


 馬蹄に引っ掛けられた一人の勢子がくぐもった声を上げて倒れる。


 馬は多数相手では勝ち目が無いと見たのかそのまま走り去った。


 後ろから射られる矢も弾き返して一散に駆け抜けていく。


 馬は見る間に見えなくなってしまった。


「おい! 大丈夫かジャン! 」倒れた勢子は死んでいた――頭を蹴られて即死だった。


 勢子たちは一瞬沈黙した。


「あの化物――許さねえ! 」一人が農具を雪原に突き立てて叫んだ。


 怒りが男衆の間に沸き起こった。


「やっちまおうぜ! 」


「逃がすかよ! 」


「なぶり殺しにしてやる! 」


 男衆たちは殺気だって、獲物を空に振り上げる。


「落ち着け」酒場でアトゥームの隣にいた男がなだめた。


「ジャンの遺体を放ったままあいつを追いかけるつもりか」


「でもよ――」


「深追いは危険だ。明日の朝一番で出直すぞ。ジャンの遺体を村に還す」


 ――男衆は不承不承男の指示に従った。


 遺体を急ごしらえの担架に乗せ、二人で運ぶ。


「と、いう訳さ」冒険者の一人がアトゥームとラウルに皮肉な目を向けた。


「あんた達が来てくれたら少しは楽になるかと思ったが、中々簡単にはいかないな」


「一旦宿屋に撤退だ」リーダー格の男が言った。


「あんたらも少しは休んでくれ。作戦も練り直しが必要だ」


「足跡が無いな――」アトゥームは雪面を見た。


「気付いたかい。奴は雪に埋もれずに走れるみたいなんだ」


「魔法使いさんのおかげで奴を見つけるのは何とかなりそうだ。それだけでも良しとしないと」リーダーは皆に言い聞かせた。


「さあ帰るぞ」リーダーの声に皆は足取り重く村へと戻った――。

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