不老不死エルフの〝少女〟エルフィリスとの出会い
野盗と化した傭兵団を壊滅するまで二カ月かかった。
帝国、皇国双方から賞金を懸けられた多くの傭兵団をアトゥームの所属する傭兵団は上手く潰してきた。
傭兵団隊長のミシェルは期限付きでなら国お抱えになっても良いと考えていた。
その為の試験と言える皇国からの任務が、国境を侵犯するガルム帝国正規軍を威力偵察し、事と次第によっては撃退せよというものだ。
森エルフの住む森でもあり最初は少人数で彼らと協力して任務に当たれとミシェルは命令を受けていた。
皇国には反エルフ感情が渦巻いており、今回の接触でそれを幾らかでも緩和させたいのだ――接触班に選ばれたアトゥームはそう聞かされた。
皇国がエルフ達と関係を改善したい事を伝える事も任務だった。
アトゥームは多少ぎこちなくはあったがエルフ語を話せた。
育ての親ガルディンとエルフの長が親交を結んでいた事も選ばれた理由の一つだ。
接触班は隊長ミシェル、その妻、副長カッツ、そしてアトゥームだった。
四人と護衛に選抜された六人以外の者は森から一番近い街グラティサントに駐留する。
グラティサントを出発したアトゥーム達は騎馬で森エルフの居留地に向かった。
カッツは妻からの結婚四十年目の記念の品として皇国の使者に託された家族の肖像画の入ったロケットを嬉しそうに持っていた。
身から離すと幸運が薄れると言われて、入浴の時も忠犬よろしくネックレスを守っていた。
森の真ん中でアトゥーム達はエルフ達と接触した。
馬から降りるよう求められ、敵意が無い事を魔法で調べられる。
使者の代表は長い黒髪の中性的な若い男性だ。
「ようこそ。耳短かな隣人たち」訛りの無い
皇国の言い分を呑めば、彼らは傲慢で他種族を軽蔑しているとの事だったが、少なくともアトゥームの見た限りではそんな事は無かった。
「
声は女性のものだった、アトゥームは頷く。
「私はエルフィリス。彼の友人」頭巾を外し、興味深げにアトゥームを見た。
年の頃は人間でいえば十五歳くらいだ――自分と殆ど同じくらいだろう、どう見ても若すぎる。
「私は
長い直毛の金髪に、澄んだ青い瞳の女性だった。
「皇国は私達エルフ族と友好関係を持ちたいとか」代表が尋ねてくる。
ミシェルは頷いた。
「傭兵と言え、最強の、しかも戦皇とも親しい仲の貴方を派遣した――本気と見ても間違いは無さそうだ。まずは我らが里へ案内しよう」
使者はそう言うと片手を上げて何事かを唱える。
うっそうとした森の中に光る道が出来た。
この道を辿ればエルフ達の居留地に行けるのだ。
前と後ろをエルフに挟まれ、アトゥーム達十人は居留地に足を踏み入れた。
アトゥームはこの時、裏切りがあるとは欠片も思っていなかった。
生涯、悔いる事になる判断ミスだった。
「あれが神木よ」エルフィリスが集落の真ん中に鎮座する巨木を指して言った。
「全てを創造した女神リェサニエルの使徒として私達を見守ってくれるの」
集落には大きな丸太小屋が幾つも有った。
神木の前に老若男女百人程のエルフ達が集まっている。
皆興味深そうにアトゥーム達を見る。
エルフには一生を里から出ないで過ごす者もいる、一行はエルフィリスからそう聞
かされた。
もっとも人間だって旅商人か傭兵でもなければ歩いて一日以上かかる土地へは一生行かずに生涯を終えるものが殆どだ。
森エルフの長――長い白髪に同じく長い白ひげのしわだらけの、穏やかな眼光の男性だった――は思いのほかしっかりした声でアトゥーム達を歓迎する旨を伝えた。
千歳を超える年齢だと聞いてアトゥームはさもありなんと思った。
歓迎の宴が開かれ、エルフの蜂蜜酒とワイン、繊細な味付けの猪の香草焼き、近くの川で取れたニジマスのムニエル、素揚げして塩を振ったズッキーニや鹿肉のローストなどに舌鼓を打った。
デザートのレモンパイを食べていた時、アトゥームはエルフィリスに集団の外に引っ張り出された。
既に仲間は出来上がっていた――アトゥームは酒は殆ど飲まず、蜜水を気に入って飲んでいた。
そのまま森の奥へと連れて行かれる。
たっぷり半刻ほども歩いた後、エルフィリスは振り返った。
「〝デスブリンガー〟を私に預けて。それは危険な刃よ――貴方にもいい結果をもたらさない」有無を言わせぬ口調だった。
「ガルディンの形見だ。一時的に預けるのは構わないが永遠にという訳には――」
「それでいいわ。渡して」
エルフィリスはデスブリンガーを受け取ると口笛を吹いた。
暫く――と言っても十分ほどだ――経つと空から黒い影が舞い下りてきた。
緑色のウロコをしたドラゴンだ――アトゥームは思わず逃げ出しそうになった。
「心配しなくていいわ。これは私達の友人、緑龍クルクサス。彼に預ければ安全よ」
アトゥームは龍に預けるのは過剰反応すぎると思ったがそれを口にする前に龍は再び舞い上がった。
「神経過敏なんじゃないか? 」アトゥームはエルフィリスに尋ねた。
「まだ温い位よ――あの刃について知るものなら皆そう言うわ。ガルディンさえも知らなかったのだから」
「どういう事だ」
「あの刃は文字通りのデスブリンガー、貴方達人間の呼ぶ所の死の王ウールムによって造られた魔剣よ。あの剣で殺された者は絶対死する。本当ならずっとクルクサスに委ねておきたいわ」
本気であの剣をこの世から消滅させたいのだとアトゥームは察した。
「ガルディンについて何か他に知っている事は無いのか? 」アトゥームは別の話題を振った。
「友人だった――帝国貴族の家に生まれた天才軍師にして魔術師。生まれた頃から私は彼の事を知ってたわ」
「何故ガルディンから直接デスブリンガーを預からなかったんだ」
「私がいつも彼のそばにいたとでも? 」怒った様な口調だった。
「気を悪くしたなら――」
「別に謝らなくても良いわ」エルフィリスはつっけんどんにアトゥームの言葉を遮った。
「ガルディンへのお悔やみは要らないでしょう。彼は満足して死んだ。生死に関わるような事なら分かるけど、全てを知るなんて到底無理な話よ」
「今晩はこのくらいで。貴方には精霊の道案内をつけるわ。もう眠りなさい」エルフィリスは魔法を唱えると、自分は森の陰へと姿を消した。
案内すら精霊に委ねるとは俺は嫌われたかとアトゥームは心配になった。
呼び出されたのは光の精霊だった。
アトゥームの周りをくるくると回ると、人間の歩く速さで進みだす。
光に付いていく――来た時とぴったりと同じ時間で集落についた。
既に人間たちは眠りについていた。
ただ一人、カッツが眠っていなかった。
エルフたちと後片付けを済ませ、楽師の奏でるエルフ音楽を楽しんでいる。
「坊や、デスブリンガーはどうした」カッツが尋ねてくる。
「不老不死エルフに取られた」
「だろうね」カッツと飲んでいたエルフの使者代表が意味ありげに微笑む。
「お姫様を大事にしてやってくれ。少年」
「努力します」穏やかな音楽に当てられたのかアトゥームは急に眠気を感じた。
案内された小屋に入るとベッドに潜り込む。
翌朝まで夢も見ずに眠った――幸せかどうかすら考えない眠りだった。
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