初陣――狂気の胎動

「くっ――」死神の騎士と後に呼ばれる事になる齢十五の少年、アトゥーム=オレステスは両手剣ツヴァイハンダー〝デスブリンガー〟を際どい所で抜いて敵兵、中年の人間ヒューマン族だった、の突きを防いだ。


「死ね――餓鬼が! 」皇国訛りの共通語コモンで呪詛を吐きながら、乱打を浴びせて来る。


 偵察兵スカウトとして三度目の活動で、アトゥームは戦いの初体験をする事になった。


 春の真っ只中だ――桜の咲く中、それに似つかわしくない殺し合いをしていた。


 アトゥームは全身を恐怖に身を包まれていた――しかし、戦わなければ殺される。


 相手は手慣れた様子だった。


 実戦を経験しているのだろう。


 デスブリンガーが如何に軽々と扱えようと、経験を積んだ相手には中々通用しなかった。


 まして初めての命のやり取りだ。


 敵兵が二人いたら殺されていたろう。


 運が良かった――後で戦いを振り返ったアトゥームは心底そう思った。


 波打つ長めの黒髪をごつい刀がかすめる。


 切断された髪が宙を舞った。


 目で追うな――殺気を感じ取れ――育ての親、軍師ウォーマスターガルディンの所で学んだ剣の師範はそう言っていた。


 顔を伏せたくなる衝動を何とか抑えて、アトゥームは必死に剣を振るう。


 考えないようになどと考えるな――ようやくの事で、相手に攻撃を仕掛けることが出来た。


 袈裟懸けに斬りつける。


 しかし敵兵は盾でその攻撃を防いだ。


 アトゥームの頭から逃げるという選択肢は消えていた。


 殺さなければ殺される――アトゥームは興奮と恐怖にすっかりやられていた。


 戦いの恐怖で逃走するという事が頭からすっぱりと抜け落ちていた――気付いていれば一撃を加えてさっさと逃げ出す事も出来たろう。


 アトゥームは斬撃を凌ぎながら、隙をうかがっていた。


 相手の刀がもたつく。


 今だ――アトゥームは力一杯両手剣を逆袈裟に叩き付けた。


 しかしそれは誘いだった。


 グランサール人は半身を開いて両手剣を躱す。


 大地を叩いたアトゥームの剣が弾かれる。


 両手が痺れる。


 剣はアトゥームの手から跳ね飛んだ。


 反動でアトゥームは尻もちをついた。


 敵兵が下品な笑い声を上げながら刀を振り上げる。


 一瞬でアトゥームの意識が切り替わった。


 頭が冷静そのものになる。


 アトゥームは地面の土くれを掴むと敵兵の顔面に投げつけた。


 狙い違わず目に命中する。


 敵兵は罵り声を上げながら後じさった。


 アトゥームはその隙に〝デスブリンガー〟を掴むと跳ね起きざまに心臓を狙った。


 煮固めた皮鎧、入念に手入れされていたそれを両手剣は軽々と貫いた。


 敵兵の口から血が零れた。


 即死していなかった敵兵は刀を振り上げた――その瞬間アトゥームは頭に敵兵の意識が流れ込んでくるのを感じた。


 生まれてから死ぬまでの間を走馬灯のように感じている敵、今この場でアトゥームへの憎しみと死の恐怖に包まれている敵、家族との思い出――デスブリンガーの負の副作用、殺した相手の記憶と今わの際の意識を共有させる忌まわしき力だった。


 この狂気を乗り越えられない者にデスブリンガーの真の力を引き出す事は出来ないのだ。


 赤黒い血を吐きかけながら相手は胸元にくずおれた。


 アトゥームの頬に血が飛んだ。


 死んだ敵兵同様アトゥームも目を見開いていた、深い藍色の目が哀しみに囚われる。


 初めて人を殺した恐怖と魔剣の見せた光景にアトゥームは吐き気と同時に目眩めく思いを感じていた。


 死体をどかすと剣を力を入れて抜く、肉が締まって抜けないのを剣を捻って無理矢理抜いた。


 屍を探る――伝令なら書類を持っているはずだ、しかし目ぼしいものは無かった。


 相手の名前の入った金属の認識票にはジェラールと言う名前が有った。


 重い死体を窪地に移して、土をかける――アトゥームの意識は弔いと隠蔽が半々だった。


 ひと段落したアトゥームは強烈なのどの渇きを覚えた。


 革袋に吸い口をつけ、水を飲む。


 いくら飲んでも足りない――アトゥームはどけていた相手の合切袋に括りつけられていた革袋からも水を飲んだ。


 死ぬ間際の相手の目が――それに記憶も焼き付いている。


 そしてジェラールに家族がいた事も――アトゥームは終生、彼の顔を忘れなかった。


 敵の位置は掴んだ、アトゥームは預けられていた遠距離通話のペンダントを掴むと傭兵隊長ミシェルに連絡を取る。


 直ちに隊に戻る様にとの言葉だけを聞いて、アトゥームは辺りを警戒しながら帰路についた。


 二日後、隊に戻ったアトゥームは仲間――殆どは自分よりはるかに年上だ――の歓迎を受けた。


 アトゥームと同年代の少年たちもいる。


 洗濯女や調理場女もいた。


「帰ったか、坊や――」老年と言っても差支えない立派な体格の傭兵――スタニスウラス=カチンスキーという名のガルム人副隊長だ――に抱き締められた。


「痛いよ、カッツ」アトゥームは何とか身を振りほどく。


「ミシェル親父に報告があるんだろ」カッツはウィンクした。


 親父――ミシェル=ホアー=ロラードはグランサール皇国出身の有名な傭兵隊長だった。


 彼の率いる傭兵団は最強の名を欲しいままにしていた。


 目下、彼の隊の仕事は野盗と化した別の傭兵団の捕縛だった。


 休戦状態にあるガルム帝国と皇国の間で、干上がった傭兵は数多かった。


「明日は我が身だ――お前も戦の腕前だけじゃなく、潰しのきく仕事を少しは覚えておけよ」


「分かってるよ――じゃ、行ってくる」


 隊長の所まで副隊長はついて来た。


 ミシェルは左頬に切り傷をつけた、壮年の男性だった。


 貴族出身だが、社交界を嫌い部下と共に戦場にある事を好んでいた。


 貴族の称号も捨て、一傭兵に殉じるつもりだったのだ。


 戦皇リジナスとも、女皇帝マルグレートとも親しかった。


 アトゥームの育ての親ガルディンとは最初好敵手として干戈を交え、後に共同し現在の休戦条約を結ばせた。


 自分の食い扶持を減らすような真似をするのかと同業者からは目を剝かれたがミシェルは両国にとってもう戦争は限界だと悟っていた。


 アトゥームは手際よく偵察結果を告げた。


 前線にはアトゥームが下がるのと同時に古強者の偵察兵が入っていた。


「よし、よくやった。ガルディン爺は義理の息子の選び方を間違えなかったな」隊長はそう言ってアトゥームを褒めた。


「今回の仕事が終わったら次はどうするのでありますか? ミシェル隊長」カッツが尋ねる。


「詳しい事はまだ言えないが、皇国から提案されている任務がある。だが部下共には言うなよ、全員を連れて行くわけにはいかないんだ。報酬は全員を三ヶ月は食わせられるだけの分を提示されたがな」


 しかし、その仕事こそ最強の呼び名も高かったミシェルの傭兵団を壊滅させる事になるのだった。

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