第6話

俺の瞑想を破ったのは、携帯電話の着信音だった。


見ると、教皇庁バチカンからメールが届いている。

恐らく、先日依頼していた調査結果だろう。

俺は、躊躇ためらう事無く開封した。


「……!!」


滅多に動揺しない俺だが、さすがに言葉を失った。

それほど、内容が衝撃的だったのだ。


俺は携帯をポケットにねじ込むと、受付に向かった。

そのまま、係員らしき一人に声をかける。


「貸し出し履歴を見せて欲しいんですが……名前は、チャールズ・ダルボット」


その係員は怪訝けげんそうに眉をしかめ、それはできませんと答えた。

俺は内ポケットをまさぐり、一枚の紙片を取り出した。

いざという時のために教皇庁バチカンから支給された、州警察の捜査許可証だ。


鼻先にかざすと、途端に係員の態度が軟化した。

どうぞこちらへと、奥の事務所に通される。

係員はパソコンを操作し、画面にデータを映し出すと、さっさとどこかへ行ってしまった。

俺は、チャールズの図書貸し出し履歴を確認した。


「……やはりな」


目的のものは、すぐに見つかった。


『壁のなかのねずみ

『魔女の家の夢』


先ほど俺が閲覧したH・P・ラブクラフトの小説が、二冊とも数ヶ月前に貸し出されていた。

返却は、二ヶ月前に終わっている。


俺の中で、考えたくも無い想像が広がった。

汚物に触れたような嫌悪感がこみ上げ、吐き気を催す。


「信じがたいが……そうとしか考えられない……」


俺は、思わず天を仰いで呟いた。

いくら否定しても、可能性として残ってしまう事が歯痒はがゆかった。


「だが……一体、どうやって?」


教皇庁バチカンからの情報が正しければ、チャールズはこの本を使って、をした可能性が高い。

それは、ひどくおぞましく、狂気に満ちたものと言える。

そして問題となるのが、そのだった。

一介の小説家──人間である彼が、いかなる方法でそれをなし得たか?


俺は、さらなる手掛かりを求め、貸し出し履歴を再確認してみた。


条件を絞らず、この一年間のデータを全てチェックする。

俺は、矢のような速度で、画面を繰り越していった。


「……これは!?」


あるタイトルで、手が止まる。

その本は、チャールズがラブクラフトの小説を借りたとほぼ同じ時期に貸し出されていた。

返却も、やはり同じ二ヶ月前だ。


俺は礼もそこそこに事務所を飛び出すと、再び閲覧室に取って返した。

パソコンで検索し、保管場所へと向かう。


あった!


俺はを取り出すと、むさぼるように読みあさった。

あらかた読み終えるのに、さほど時間はかからなかった。


間違いない!


俺は、静かに本を閉じながら目を細めた。


ヤツは、この手を使ったに違いない。


俺の脳裏に、チャールズの部屋にあったの絵が浮かんだ。

あれが、そのためのである事は間違いない。


およそ現実離れしているが、決して不可能では無い。


「ひとつ、確かめてみるか……」


俺は、心中に湧き起こる興奮を、深呼吸で制御した。


そしていつものように、皮肉な笑みを浮かべた。



************



ダルボット邸の呼び鈴を鳴らすと、まるで来る事が分かっていたかのようにチャールズが出迎えた。

メリンダは昨夜急に体調を崩し、町の病院に入院したとの事だ。

容態が落ち着くのを見計らって、とりあえず彼だけ帰宅したらしい。


「それは、とんだ事で……ヘンリーは?」


俺は労をねぎらった後、それとなく尋ねた。


「部屋で眠っています。あの子もひどくショックを受け、疲れきっていましたので……」


そう言って、チャールズは目を伏せた。

それでなくとも悪い顔色が、さらに血の気を失っている。


「ところで……何かご用でしょうか?」


明らかに、突然の来訪を良しと思わぬ様子だった。

早く帰ってくれと、顔に書いてある。

だが、俺はあえて無視する事にした。


「実は、今回の件に関して重大な事実が分かりましたので、お知らせに来ました」


そのきっぱりとした口調に気押されたのか、チャールズは思わず息を呑む。

やがて諦めたように身を引くと、どうぞと中へ招き入れた。


邸内は、異様なほどの静寂が支配していた。

父親、運転手、家政婦……そして今、メリンダまでも不在となり、生命の息吹を感じ取れるのは、チャールズの僅かな呼吸音くらいだった。


「……それで、重大な事実とは?」


初日と同じ客間に入ると、チャールズは前置き無しに尋ねてきた。


俺は勿体もったいつけるように、壁に沿って室内を一周した。


何も言わず、ただゆっくりと……


その様子を忍耐強く眺めるチャールズ。

だが、その我慢もほどなく限界を迎えた。


「一体、何ですか!?言いたい事があるなら、早く……」


「ヘンリーは、?」


チャールズの台詞が終わらぬ間に、俺は静かに言い放った。


「な……何を、突然!?」


唐突な俺の発言に、チャールズの顔面が蒼白になる。

見開いた目が、それが真実である事を物語っていた。


ですよ」


俺は、お構いなしに続けた。


「最初に訪問した際に気付きました。ヘンリーはですが、あなた方夫婦は共にだ。遺伝学的にはあり得ない……ブロンドの子が、のです。それで、あなた方とは血が繋がっていないとすぐ分かりました。そして、アナタからその話が出なかったのは、話したく無かったのだという事も……」


チャールズは、ひと言も反論しなかった。

戸口に立ったまま、反抗的な視線を俺に送り続ける。

俺は、フンと鼻を鳴らした。


「そこで勝手ながら、教皇庁バチカンにヘンリーの身元調査を依頼しました。先頃その返事が来たのですが……いや、全く……驚かされました」


そう言って、俺は両手を広げて見せた。


「彼の実の父親は有能な新聞記者でしたが、すでにこの世にはいません。妻とヘンリーを道連れに焼身自殺を図り、命を落としたそうです……しかし、ヘンリーだけは奇跡的に助かりました。全焼した家屋のバスタブの中で、泣いていたところを発見されて……乳児だった彼は、すぐに養護施設に預けられました。そしてその後、アナタ方が養子として引き取られたという訳です」


俺はそう言い放つと、チャールズを真正面から見据えた。


ヘンリーはじっと耳を傾けていたが、やがて全身を震わせ声を荒げた。


「……それが……どうしたと言うんですか!?……確かに、ヘンリーは私たちの実子ではありません。アナタの仰る通り、施設から養子に迎えた子です……しかし、それが何だと言うんです?子供に恵まれなかった私たち夫婦にとって、あの子はまさに希望の光です。私たちの生きがいなんだ……血のつながりなど、関係ない!」


興奮した顔は真っ赤に紅潮し、喉からゼイゼイと息が漏れ出る。

激しい抗議が、体力の大半を奪ってしまったようだ。


「希望の光……ですか……」


俺はポツリと呟くと、大仰おおぎょうな仕草で肩をすくめてみせた。


ここからが、全ての謎を解く鍵であると言わんばかりに……


そして俺は、話し始めた。


「死亡した父親の名は、ダグラス・フィリップス・ラブクラフトと言います。そしてヘンリーの本名は、……かの著名な小説家、H・P・ラブクラフトの、

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