第3話
ある日のことだった。あたし、金井紗季は、理由不明の痙攣、しびれを引き起こした。頭はひどく痛み、代わりに目眩、そしてけいれんが体中に起きた。目がかすんで、何一つできない。趣味にしているポータブルゲームも、あたしは出来なくなった。
それでもあたしは、毎日お風呂に入り続け、体のしびれなどが治ってくれることを祈った。祈るしかできなかった。今まで、いろんなことを乗り越えて来た。生きているのがつらい時もあった。生活保護を受けて、あたしは病院にかかるようになった。
精神疾患だと解ったのは、たまたまだった。その時はさすがに死にたくなったが、それでも死ねなかった。父さんがいた。ある都市にはその当時、父さんがいて、あたしの帰りを待っていてくれた。帰って来いという友達の声。そう言った声に励まされて、生きていた。
だけど今は、もうその声もめったに聞けない。自分の携帯ではないから。自分の携帯だったら、あたしは迷わず友達にかけて、『ごめん』と謝る。いつだって友達は、父さんは、あたしの心配をしてくれた。一人で淋しくないかと、言ってくれていた。
そんな声に励まされて、あたしは今日まで生きていた。今は友達と言っても、言葉を交わすことすら珍しい。あたしが音を拒絶した。一人でいることを選んだ。だからこれは当然の報いで、あたしはそれは諦めている。施設の中には、そんなあたしと、親しく言葉を交わしてくれる、ありがたい人もいた。
父さんがいなくなって、頼る身内もいない今の状況は、あたしにとって死ねと言っているようなものだ。だからあたしは立ち直れなくなった。帰れない町。帰りたい故郷。そう言ったところに行くにはお金が必要で、だけどあたしは、そんなに稼げない。作家を目指している今は、あたしにとって、わずかな光明でしかない。それでもあたしは諦めたくはない。そう思って、ずっとキーボードの前に座っている。
今は週に一度、あたしはネットに小説を上げて、そうして細々と作家活動をしている。これは夢だった。若いころからの夢。その夢を乱したのは、十歳の時。ある漫画を見て、あたしはこれだと思った。だけどあたしには絵心がない。
そう思った時、文字はどうだと思った。それまで何故か、国語の点数が好かったり、担任から『金井さんは国語が得意だね』と言われたりと、そう言ったことが続いていた。あたしはこれだと思った。ノートに書き始めて、それが日記にならなかったのは、あたしのずぼらな性格だった。それが母にも解っていたのだろう。
だけどあたしは希望を捨てなかった。小説の形を取り始めたのは、高校の時。パソコン部に入って、ワープロソフトを使う回数が増えてからだった。それからあたしは、ただ小説が書きたくて、ワープロソフトを使っていた。クラブ担任に呆れられたこともある。
だけどあたしは、それでもあきらめなかった。当時はフロッピーディスクだった。それからメモリ媒体が、少しずつ変わっている。今はメモリスティックが主だ。あたしももちろん、それを持っていた。あまり使ってないけど。
メモリが消えたら、大変なのに、あたしは今、パソコンを使っている。それが諦めきれなくて、あたしはずっと家では、このキーボードをたたいていた。
だけど最近は、この発作が起きるようになって、あたしは長時間、パソコンに触っていられない。それでもあたしは、小説を書くことだけは、やめられなかった。施設に通うことより、発作を鎮めて、小説を書く。それだけがあたしの希望だった。
こんなことを言うと怒られるのだろうが、あたしは誰かと仲良くして、発作的に声をためるより、自分の言いたいことをぶつけるほうが、本当は何よりもしたいことなのかも知れない。でもあたしは、それができない。こうして自分の思っていることを、書き連ねていくと、考えてみると、言いたいことは、山ほどあったんだと思い知る。
誰かと仲良くして、気を遣わせるよりも、あたしは一人で家にこもって、こうして小説を書いているほうが、何倍も楽しい。そこで精神を鍛える、ということは、確かにできないかも知れない。
今まで乗り越えて来た、いろんなことも、裏切る行為かも知れない。だけどあたしは、その時、必ず声があった。お前大丈夫か、と気遣う声が。今はそれはない。
仲良くする相手を択んだり、そうした本当は裏切る行為かも知れないことが、施設では平然と行われたりする。あたしはそれが嫌だった。友達の中で、あたしもあった。だけどあたしは高校時代、そう言った子とは、表面上仲良かっただけで、言葉を交わす以上のことはしなかった。だから友達とは言えないと、あたしの友達は解っていた。
そう言った理解し合える友達が、今はいない。それが淋しい。理解して、理解できる友達。あたしが作らなかっただけかも知れない。でもそれでも、そう言ったものは、自然と形を成していく。今まで乗り越えてきたそれは、そう証明してくれていた。
だから今、あたしは一人を選んだ。一人のほうが、そういう時は楽だったし、今はそれがすべてだった。今はただ夢を追いかける。それがすべてだし、それが出来れば、あたしは満足だった。今は大したことは出来なくても、あたしはただ、自分を保っていたいだけ。
そう思ってはならないのだろうか。あたしが求めるものは、ほとんどの人は求めないかも知れない。でもあたしはそれを求めた。高校の時、クラブ担任に『そんなに好きなら、作家になれば』と言った、その一言が、今までのあたしを支えていた。
クラブ担任は、軽い気持ちで言ったのかも知れない。でもそれがあたしの胸に突き刺さって、今でもそれがとげとなって残っている。あたしを導くくさびだ。誰でもそう言ったものは残っていると思う。それに背くことだけは、あたしはしたくはない。
それが今でも、あたしの中にある本音だ。ここでは本音をさらけ出したいから、それだけはつづっておこう。そして帰りたい。遠いあの日に。誰も助けてくれなくて、ただ苦しくて、生きることがつらかったあの日に。帰れると、今は信じて今日は終わりにしよう。
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