第2話

 ある日、あたし金井紗季は、もうぼろ泣きだった。泣いてしまいたかった。この痛みは、誰のものか。何も言わなかったそのつけは、あたしに来た。二人だけが解っていて、そしてすべてあたしが知らなかっただけ。そんなバカな話はない。

 だけどそれが現実で、だからそれがつらい。あたしだけがのけ者。また孤立。作業所も、スタッフも知っていて、あたしだけが、金井紗季だけだけが、知らないこと。そして常に責め口調なのも、それは仕方ないと言われる。取り乱した方が負けだ。

 そしてもうあたしは誰とも話さない。そう決めた。この故郷の言葉が抜けても、もう話さない。そうしたほうがいい。そうしたほうが、まだ傷つかない。そう決めた。言葉を閉ざす。そう決めた。だから何も話さない。

 だけど結局孤立。故郷の言葉は、特定の人しか、通じない。そして地方の言葉は、それがどんな言葉であろうと、小ばかにされる。方言すら理解しない人は、標準語しか許さない。そんな権限が誰にあるのか。命じる権限なんてない。

 そうして一人でいるそのことがつらい。だけど一人を選んだ。もう後戻りはできないし、後戻りはしない。それができること。怖くて、つらいことも、一人で乗り越える。そうしてあたしは、すべてを閉ざす。それがいい。これ以上は、もういい。

 望むことに疲れた。今はただ夢を追いかけたい。でもそれすら、諦めたほうがいいのか。今日貯金に行って来た。それはあたしの生活費から出している。これを少しずつためて、またあたしは故郷に帰る。それがいい。一年に一回。それだけ帰れればいい。

 あたしはたった一人で夢を追いかける。誰も来ない。こうしてあたしは、また一人を選ぶ。なんで責められなきゃならない。ただスタッフさんの話を聞いていて、痛む体をひねって何かしている時に、何かをする配慮なんてできない。それができるのは、余裕がある時。

 そのシートは、誰もシートベルトをしない。したほうがいい席だ。前に急ブレーキを踏まれたら、吹っ飛ぶ。その経験者がいるから、あたしはその席だけはする。でも誰もしない。そして今、あたしは体に痛む部分を変えている。金井本家に帰って来た、それがつけ。

 だったら恨まない。帰りたくて帰った場所だ。ただ身体は柔いものだと思う。それだけで身体が痛み、悲鳴を上げている。これだけ時間が過ぎても、体は痛む。そうしてあたしは泣くのだ。泣く本当の意味も、誰も知らない。知らなくていい。

 そう思って、それを閉ざしている。本来なら口調を変えたり、声を落としたりという努力をしなければならないのに、誰もしない。あたしはいつも自分を責める。そうしてまた一人でいることを選ぶ。それが事実だった。昔から繰り返されてきたこと。

 今まで生きて来て、あたしはそれを繰り返してきた。それを知る人達だけが、友達でいてくれている。向こうに帰りたい。帰って、本当の生活を取り戻したい。友達と話して、時々来てもらって、会いに行って、カラオケに行ったり、バカな話をしたい。

 でも今はダメだ。故郷の言葉が抜けない。だから話しはできない。したらきっとバカだと笑ってくれる。叱ってくれる。それが第一。それが元気になる薬。そいつはバカか、という言葉は、期待していない。バカはあたしだ。そんなの昔から解ってる。

 でもほんと、向こうなら、会いに来てくれる。会おうと言ってくれる。帰って来いと言われている。最近電話してない。話したい。その言葉は何だと、きっと笑うだろう。でも聞いてくれる。そう言う笑える友達だ。彼らと会いたい。会って話がしたい。

 またカラオケ行けたらいいな。彼らと歌いまくる。笑える話をしてもらって、バカな相談をして、怒られて。それが当たり前だった暮らしに戻りたい。そう言えば最近、あたしはそんな会話をしたことを思い出した。

 そうだ。この頃理事長と話すようになってからだ。理事長は西方の人の気持ちが解るのか、故郷の言葉のあたしに、数少ない通じる人だった。あたしはそれに救われている。確かにあたしは、くだらない話をしているかも知れない。

 でもそれもあたしの想い。あたしが抱え続けて来た、それをすべて言える人に出会えた。それがうれしい。バカだと、そう言って怒ってくれる人がいるのは、あたしは嬉しい。悪意がなければいいのか。許されるのか。あたしには解らない。

 ただそれであたしが傷つくのもあることで、そしてあたしが人を傷つけることもあるかも知れない。でもそれがあるから、人は謝ったり、許したりするのではないだろうか。きっとそれがあるから、そんな馬鹿な話で、傷つくこともある。

 でもそれがおかしいと、あたしには言えない。帰りたい土地には、帰れないかも知れない。でも帰れなくても、あたしは帰りたいと願うし、そこに住んで、バカな話だと思うことは、


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