第2話 無双できるなら無双する

 魔物を倒す方法は二種類ある。

 

 ひとつは物理攻撃。

 剣で切る、ハンマーで殴る、罠にかけるとかとか。

 物理で倒された魔物は消滅する。


 もうひとつは浄化魔法みたいな?

 浄化されたら元の生物の姿に戻るから、たぶん浄化魔法なんだろう。


 ただこれ、前世を思い出すまでは疑問にも思わなかったけど、思い出した今では、なんか違和感が。


 ま、やってみないと始まらない。


 ラップの芯みたいな細い筒状の専用武器を片手に握りしめて、扉の前から魔物が退いたタイミングを見て避難所の扉を少し開け、


「【一刀両断いっとうりょうだん】!!」


 叫びながら専用武器を魔物に向けると、専用武器から光が魔物に飛んでいく仕組み。

 光が当たった魔物は一発で浄化された。


「一回で完全浄化、だと!?」

 

 まさかの威力に、扉からひょっこり上半身だけ出した状態でかたまってしまった。


 この専用武器に決まった呪文はなく、本来なら【星のきらめき】や【天使のささやき】、【あふれる愛】などといった各個人が考えたフレーズが呪文になる。


 なんでか同じ呪文を使っても、使用者や場所が変われば威力が変わる謎仕様。だからみんな自分にとって最適な呪文を探るのだ。


 名のある術者は臨機応変に呪文を編み出せるから、魔法使いっていうより、詩人やラッパーに近いかも。


 アタシは今まで、有名な呪文を試したり、自作したりもしてきたけど、どうやっても弱い威力しか出せなくて。

 いつもなら小魔物にも三回は必要だったのに。


 前世を思い出した今のアタシは、詩的な表現は恥ずかしくて叫べない。だから懐かしの四字熟語を


「ガァアアアアッ!!」


 今はゆっくり解説している場合じゃなかった。


「【焼肉定食やきにくていしょく】!!」


 え。これも効くの!? この武器、案外ノリいいね?

 冗談でやってみたけど、効果は同じなら次は、


「【冷やし中華始めました】!!」


 あ、弱かった。


「【絶体絶命】!!」


 いい感じ!

 なにが効いてるの? 四字熟語? 意味? リズム重視?


「グゥルウォォォ!!」


 あぁもう! 考える暇がない!


 ヒット&アウェイでちまちま浄化してたけど、まどろっこしいし。今のアタシの呪文は意外と効くってわかったから、思い切って避難所から飛び出して、こちらから魔物へと向かっていく。


 効きそうな四字熟語を片っぱしから叫びまくっていたら、いつの間にか魔物は一掃されていて。


「強い嫁だ!」

「素晴らしい嫁がきてくれた!」


 領民の方々から拍手喝采をもらっていた。


   ☆


 アタシも含めた領民総出で壊れた街を片付け、なんとか落ち着いた夕方。

 浄化された魔物肉を使って、婚姻式の仕切り直しという名目の、盛大な披露宴というか慰労会が行われることになった。


 平たくいえば、夕飯を兼ねた、炊き出しバーベキュー。

 今回はけっこうな数の家が被害にあい、今から各家で夕飯作るには、みんな疲れ過ぎてるからね。


 今日寝る場所がない人は避難所に泊まり、明日あらたな家を建てるそう。


 壊された木材はさっそく焚き木としてリサイクル。慣れてる辺境住民ほんとたくましい。


 アタシと旦那様は、領主館前の広場に簡単に作られた席に、横に並んで座っている。


 アタシたちの目の前には、花が散らされたテーブルが横長に置かれ、あちこちで焼き上がった食材がどんどん並べられていく。


 その向こうでは、領民たちが、肉や野菜、果物を焼きながら立食パーティー状態だ。


 ここでようやく、アタシは自分の旦那様になった男の顔をしっかり見ることができた。横からだけど。


 この旦那様ときたら、婚約が決まってからも「辺境から出られない」と言い顔見せすらなく。かといってアタシが辺境に着いても前線に出ずっぱり。


 式でも、アタシは儀礼的に顔を伏せていて、顔を上げる前に魔物に襲われ。


 文字通り、今まで一度も顔を合わせたことがなかったのだ。王命だったから見合い写真的なのもナシ。


 これが噂の『お前を愛することはない』ってテンプレ?


 グレースは辺境に飛ばされたうえにないがしろにされて絶望してたけど、アタシにはありがたい。

 前世の記憶が戻った今、初対面の男と結婚なんて、無茶ぶりが過ぎる。


 肉の焼ける香ばしい匂いがただよう中、踊る炎に浮かび上がる旦那様が、顔は前を向いたまま目だけでアタシを見て言った。


「……なんだ?」


 ひえ。こっわ。

 無表情を通り越して、虚無な声が、サイコパスっぽくて怖い。

 どのチームのヘッドですか?って迫力。あ、辺境のかしらだった。


 無造作に切られた髪からのぞく瞳が闇落ちして見えるのは、夕闇だけのせいじゃない。


 アタシもだけど、みんな、婚姻式→魔物殲滅→片付け→炊き出しの今までノンストップで、誰も着替えられていない。


 そんな旦那様の婚礼衣装には魔物の返り血があちこち飛び散っていて、どこの任侠物にんきょうものかという雰囲気。


 まぁアタシも全身、汗とホコリまみれ、髪もドレスもグチャグチャなんだけど。

 非常時でうす暗いから誰も気にしないよね。ぶっちゃけ今は、お腹を満たしてさっさと寝たい。


「傷物のワタクシを娶っていただき感謝いたします」


 アタシはニッコリ笑って言い切った。


 前世を思い出しても、公爵家の姫として長年受けてきた教育は体に染みついている。


 いつだって笑顔と姿勢は崩せない。領民の目があるここで、どんなふるまいが望まれるかも理解している。


 たとえ愛されない白い結婚だとしても、領民には仲良しだと思われたほうが都合がいい。


「傷……?」

 

 意外そうな響きのあと、「そんなもの傷にもならんわ」みたいなニュアンスの鼻息が続いた。


 まぁ確かに、この惨状からもわかる通り、日々、魔物との攻防で物理的な被害がある辺境ここでは、婚約破棄なんて、傷の内にも入らないだろう。


「領主さま、お嫁さま、これ、どうぞ。焼き立てだよ」


 いつの間にか、子どもが串焼き肉をアタシたちに差し出していた。


「私がもらお」

「ありがとう!」


 世間体を気にしてじゃなく、記憶が戻って初めて食べるアタシは、久しぶりにアツアツ料理を味わいたかった。

 ニッコリ笑って子どもから串を受け取ると、クッと歯で肉を噛み、ひとかけすべらせて口の中に入れた。


「はふっ」


 本当に焼き立てで熱い肉だ。

 生理的に涙目になり、口の中を守ろうと無意識にツバが出る。

 大きなカタマリだから、かけられていた粗い塩の感触が上あごにジョリジョリあたる。

 口いっぱいの肉の塊をなんとか噛みしめると、とじこめられていた肉汁があふれ、野性味のある匂いが鼻を抜けた。


 あぁ、ここは夢の中じゃない。

 アタシはここで生きてる。

 口元を押さえ、

 

「んっ! おいひい!」 


「良かった。また焼けたら持ってくるね」


 笑顔で戻っていく子どもを見送っていると、旦那様は子どもに出しかけていた手をこちらに伸ばした。


「残りはもらおう」


 アタシの手ごとつかみ寄せた串から、旦那様が同じように肉をかじり抜いたと思ったら、すぐに咀嚼していた。


「次からも残りは私に」


「まぁ」


 アタシはまだ、さっきのカケラを全部飲み込めずにむぐむぐしている。

 大きめで高さもあるサイコロステーキみたいな肉塊なので、令嬢の胃ではたくさん食べられない。手伝ってもらえるのは普通に助かる。


 ぶっきらぼうだけど、王子より好感が持てる旦那様の対応に、驚きを隠せない。


「ありがとうございます。頼りにしていますね」

 

 噂では、王家と不仲だから滅多に王都に上がらないと聞いたけど。真相は、言葉通り魔物討伐に忙しいからなんじゃないかな。


辺境ここは貴女を歓迎する」


 顔も見ないで、つっけんどんな言い方だったけど、裏がないだろう言葉に、アタシは自然に笑えていた。


「ふふ。話に聞いていたより楽しそうな土地で嬉しいですわ。旦那様、微力ながら最善を尽くしますね」


 受けた恩はキッチリ返す! それがシズカ隊の心意気!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る