第3話 初夜、なんだけど
あらためて、今のアタシはグレース・フィラー(16)。
公爵家の姫だった。
だから第二王子の婚約者に望まれたのだけど、ポッと出のアザとい男爵令嬢に寝とられた。
マヌケ過ぎでは?
でも令嬢として、「婚前交渉なんてもっての他よ!」って、王子のイヤらしい手つきを容赦なくはたき落としてきたから、仕方ない。
しつこく迫る王子もどうかとは思うけど、気持ちはわからなくもない。
グレースのけしからんボン・キュッ・キュなボディは、自分でも、えっろ!と思うし。
切れ長ツリ目だけど綺麗な顔も、行き届いた手入れで、髪先から指先までなんかいい香りすんのも、思春期のオトコには刺激ツヨ過ぎだ。
しかも罪作りなグレースは、王子のことを好きでも嫌いでもなくて、義務的な対応しかしてこなかった。
今思うと、王子にはそれも不満だったと思われ。
いくら美人でも、ツレない女子の相手するのってキツいよね。デレがあれば頑張れるけど、ずっと相手にもされないままだと正直ツラい。
グレースは家族感の希薄な公爵家で育ったから、「結婚とはカタチを保つだけのもの」って思いこんでた。
まぁ王子だって、学校や夜会でグレースが妬まれて困ってても、フォローしてくれなかったけどな!
淡々とグレースが対応しても、なにしたって炎上みたいになるから、結局グレースは諦観笑顔をはりつけてスルーするようになって。
その助けを求めない態度も、王子にはナマイキにうつったんだろう。
おそらくだけど、前世は貧乏スタートで、生きて生活することに必死だったから、公爵令嬢時代は無意識に「お金に苦労しないだけマシ」って気持ちが常にあって。それ以上のことは望む前にあきらめてた気がする。
「なんとかして家族仲を改善しよう」とか「王子とあたたかい家庭を築こう」なんて希望、思いつきもしなかった。
あらためて考えたら、グレースめっちゃ冷めてるね!
ま、もう終わったことだし。考えるの、やめやめ。
なんだか前世のシズカ隊と一緒にいた頃を思い出した。
アタシがなんでシズカさんのチームに入ったかと言ったら、シズカさんに救われたからだ。
当時チームの
(助かったけど、今度はこの人から見返りを要求されるんじゃないか?)ってハラハラしてたら、要求もなく恩をきせるでもなく、「次からは気をつけな」とだけ言って去っていったシズカさん。
カッケーー!!
一発で惚れたね!
あんなカッコイイ人間になりたいって思った。
それから、いま助けてくれた人が誰か調べて。シズカ隊っていう有名なチームの頭だと知って。同じチームに入りたいって押しかけた。
シズカさん含む上の方々とは直接言葉を交わす機会はほとんどなかったけど。噂を集めたり、伝言やお使いを頼まれたり。
どんなことでもシズカさんの役に立ててると思えば嬉しかった。
アタシと同じようにピンチを助けてもらった取り巻きが何人もいて。みんなシズカさんから名言かけられてて。
取り巻きだけで集まって名言披露し合うのも楽しかった。
取り巻きみんなそれぞれ家に居づらくて。普通の人に話してもわかってもらえない生き苦しさが通じ合うのが心地よくて。
そんなアタシらにとって、シズカさんは光だった。
『シズカさんがいるから大丈夫』って安心感があったから、みんなそれぞれのやりたいことを考えられるようになっていった。
家を出たかったアタシは、仲間の縁で高卒でもそこそこ安定した会社に雇ってもらえて。真面目に働けばお金がもらえるのが嬉しくて、頑張った。
職場の人にも恵まれて、貯めたお金で一人暮らし始めて。やっとシズカさんに恩返しできるってときに事故っちゃったけど。
……だから、終わったことは考えても仕方ないんだってば。
「ワタクシ、柄にもなく緊張してる?」
今晩はいわゆる初夜。
アタシは丸洗いされて、薄い寝衣を身にまとい、ベッドで旦那様を待っている状態だ。
魔物対策だという天井の鏡にうつるのは、隠しきれない色気を垂れ流す赤目黒髪の美女。
えっろ!!
これで十六歳なんて信じられない。
「フフ。お姉さんにぜぇんぶまかせていいのよ?」とか言いそうな見た目だけど。
リアルなアタシときたら、今生はもちろん未経験。
前世で経験がないわけじゃないものの、若いときの一回しかない。
初めてを、自分も相手も興味本位でシたからか、こんなもんか〜って残念な感想の初体験だった。
みんなの話によると、もっとスゴそうだったのに。初体験で拍子抜けしたから、再びスる気にもなれず。機会を作ることなく自己処理だけで済ませていた。
でも人の話を聞くのは好きだったから、スッカリ耳年増。性癖って限りないのな。いろんなワザ名まであって、格闘技みたいだなって思ったわ。
は。
今こそ集めた知識を脳内でおさらいしとくべき? やっぱオンナから積極的に来られると嬉しいだろうし。
でも、公爵令嬢の閨教育では「すべて旦那様にお任せするように」って習ったな。
え。これ、どっちだ?
あー! もうわかんないから、成るように成れ、だ。旦那様の出方に合わせよう。
聞いたら、魔物にふっ飛ばされたアタシを助けて避難所に運んでくれたのは旦那様らしい。
シズカさんの時みたいに、恩を返せないままになってしまったらイヤだから、まずは旦那様に恩返ししたい。
あと、王子に未練は全然ないんだけど、あの女子にハメられた落とし前だけは、いつか絶対つけちゃる! と心に決めている。
学校でもお茶会でも夜会でも、いちいちチマチマ仕掛けきてからに!
夜会といえば、さっきのバーベキューパーティはフレンドリーで楽しかったな。
アタシも
ノックの音がして、旦那様が視線をそらせたまま寝室に入ってきた。
「待たせたか?」
「お気になさらず」
さっぱりした様子の旦那様はロナウド・フィラー辺境伯(26)。
黒髪の無造作ヘアで隠されていてハッキリ見えないけど、顔は整ってるっぽい。声がほぼ無表情なのが、アタシには微妙に怖いけど。
旦那様は着やせするタイプらしく、ガウンからのぞくのは引き締まった筋肉で、色気まで醸し出している。
辺境の物理系エースなのも頷ける、痩身マッチョな身体つきだ。
清潔な匂いをただよわせながら、旦那様はアタシの横にそっと腰を下ろした。
しかし旦那様は前を向いたままなので、まだ目が合わない。
「今日は疲れただろう」
確かに疲れた、けど。
「魔物は仕方ありませんわ」
「今日のために魔物の数を減らしてきたというのに」
これはアレか?
疲れてるから初夜はやめとこうって話か?
「……あの、大丈夫ですよ?」
悪いオトコじゃなさそうだし、なんといっても恩人だから、それなりに御奉仕する所存。
「なら、私に付き合ってもらおうか」
「っ……優しくお願いします」
初夜でベッドの上での会話だから、えっちなお誘いだと思ったアタシは普通だと思う。
旦那様はひょいとアタシを片手で縦抱きにすると、立ち上がって、サイドボードに置いていたムーディな灯りを持ち上げた。
いよいよ始まるのか、さすが世界が違うと作法も違うのな、とドキドキなアタシをよそに、寝室に奇妙な音が響いた。
音のもとに視線を向けると、灯りが置いてあったサイドボードとベッドの間に、床下収納みたいな穴がポッカリ空いていた。
「掴まってろ」
「はいぃ?」
言いながら大きく踏み出され、落ちそうになったので、あわててぎゅっとしがみつく。
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