一つの本から始まるラブレター

リヒト

とある日の放課後

 放課後。

 既に一日のカリキュラムが終わり、部活動のある生徒だけが残るこの学校の中で、それでも僕は教室の中に残り、自分がつけているイヤホンから流れてくる映像授業の音声に意識を傾けていた。


「……」

 

 僕はもう高校二年生。

 そろそろ受験も近づいてきた、そろそろ勉学に勤しむ必要がある頃合いだろう……学校の先生も煽ってきているし、なんか不安になってくる頃だよね。

 

「……ん?」

 

 映像授業に集中する僕の肩が優しく叩かれたことを受け、僕は自分が身につけていたイヤホンを外す。


「委員会終わったよ。ごめんね、待たせちゃって」

 

 僕の耳に入ってくるのは少女のきれいな声、僕の待ち人だ。


「ううん。全然待っていないから大丈夫だよ。図書委員の仕事、ちゃんと終わらせられた?」


「えぇ。それはもうバッチリ!」


「それなら良かった……んっ。じゃあ、帰ろうか」


「ちょっと待って、これから大切な手術がある君と共有しておきたい小説の一節があるんだよ」

 

 手術。

 ちょっとした不自由を持っている僕はそれを解消するため、手術を行う手はずになっているのだ。


「小説の一節?」


「うん、そう……どう、かな?」


「ぜひ、お願いしたいな」

 

「えへへ、ありがと……じゃあ、ちょっと読んでいくわね」

 

 彼女が音読してくれる僕におすすめだという本の内容へと耳を傾ける。


『君を見ることが出来て、本当によかった』


『白い毛並みに赤い瞳。そのどれもが本当に美しい』


『今日に至るまで、君は僕のことをどこまでもサポートしてくれた』


『君が世界から必要とされていることもわかる』


『でも、僕は君に感謝してるし、大好きなんだ』


『僕と一生共に過ごしてくれないか?』


『一人の少年の言葉に頷くかの如く、彼女はそっと少年の胸へと頭をこすりつけるのだった』

 

 少女が音読した内容は彼女が持っている小説の一節。

 本当に一部の言葉の抜粋だけであった。


「え、っと……その小説は?」


 一見するとただの恋愛小説に見えるが、所々おかしな部分がある。


「いいの」

 

 その部分に突っ込もうとする僕の言葉を彼女は止める。


「今は、深い意味を知らなくて良いの」


「そうなの?」


「えぇ、そう。本文は手術が終わった後に見てくれればそれで十分だから」

 

 僕の言葉に少女は頷く。


「わかった。君がそう言うなら楽しみに待たせてもらうよ。じゃあ、帰ろうか」


「あっ、ごめん。私ってばまだちょっと帰りの準備が出来ていないから、待ってくれない?映像授業の続きでも見て。本当にごめんね、待たせてばっかりで」


「うん、全然かまわないよ。待っているね」

 

 僕は少女の言葉に頷き、再びイヤホンを耳につけ、イヤホンを操作して映像授業を再生させるのだった。


 ■■■■■


 一人の少女は。

 生まれながらの病によってその瞳が暗闇に閉ざされ、何も見えずにいる少年が再びイヤホンをつけ、そこから聞こえてくる先生の言葉の一言一句を聞き逃さないように集中しだしたことを確認した少女は自分の手にある本へと視線を落とす。


『目の不自由な少年と一匹の盲導犬』

 

 それが、少女の持つ本のタイトルであった。


「レーシック手術がうまくいき、サポート役であった私が、お役御免になったとしても……それでも私は、貴方の隣で、貴方と同じ人生を歩みたい。私を、ずっと隣に置いてほしいの、私はずっと、貴方のことが好きだから」

 

 少女は頬を赤らめながら、勉学へと真剣に取り組む少年に向かって自分の思いを一人、口にするのだった。

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一つの本から始まるラブレター リヒト @ninnjyasuraimu

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