決着

「対象、浮上しました!!」


 クジラのように空中へ飛び出した巨体に、隊員が叫ぶ。


「待ってました! 飛行隊、攻撃を開始」


 ブリーチング中のクジラのように体をそらしたドールへ、戦闘機が接近する。


 クモの子を散らすように散開ブレイクしたかと思えば集合し、的を絞らせない。三度目の集合の際に、右翼付け根に固定された機関砲が火を噴いた。


 四機から放たれた20mm劣化ウラン弾の雨が、ぶにぶにとしたドールの柔肌に突き刺さる。ばちゅんびちゅんと音を立て、弾丸は肉厚な体に穴を開けた。穴からは体液が噴き出し、気色の悪い咆哮がほとばしる。


「今です!」タイコは叫んだ。「クビを上げてください!」


 キリンのクビがゆっくりと上がっていく。ハリが外れないようにたるませたワイヤーがピンと張る。


「全力で引いて!」


「ロック解除。巻き上げを開始します」


 ギシリという音とともにスプールが回転し、ワイヤーが巻き上げられていく。ずしりと、砂上のイモムシが引きずられていく。一メートルほどなすが儘になっていたかと思うと、じたばたと暴れはじめた。


「慎重に、相手の動きと同じ方向にクビを振れば、何とかなるはずです」


 砂塵をまきちらしもがくドールは、何とかしてハリを外そうとしている。口からは粘着なツバ――隊員の一人によって名付けられた――が放たれ、砂山を崩す。


「戦車隊前へ。ツバに注意しながら稜線射撃」


 キリンとドールとの間に伸びる砂の山脈に沿うように戦車隊が、エンジン音を轟かせ、移動していく。キューマルたちは、器用に砲塔だけを稜線の向こうへと出すと、砲撃を開始した。


 機関砲よりもずっと大きい炸裂音と同時に、長い砲身から榴弾が飛び出した。低い弾道でドールへと飛翔し、いくつかはその体に命中した。


 頭が割れんばかりのドールの絶叫。痛みと怒りに震えたその体が、砲弾のやって来た方向へ向く。


 ぬめぬめとした己の体液にまみれ、傷だらけの体が起き上がったかと思うと、その口から矢継ぎ早にツバが飛び出した。


 その大量で広範囲に広がるツバは、行間射撃に移行しようとしていた戦車隊に降りかかる。


「戦車隊から報告、ツバによる被害甚大!」


 通信士が顔をしかめる。耳にあてたヘッドホンからは、戦車隊からと思われる悲痛な声が漏れ出ていた。


 報告を耳にしたあすかは眉間を揉みながら。


「動ける戦車は、カバーしながら後退。戦車を捨ててもいいから。……よるかぜ、ハープーン撃てそう?」


 マイクで相手に問いかけたあすなは、ふんふん相槌を打つ。


「なるほど、地中に潜らなければロックできると、わかった。……タイコさん、ドールを引きつけることは可能?」


「どのくらいですか」


「一分あれば、だよね? うん、わかった。一分でいいってさ」


「そのくらいであれば、でも、あとのことは保証できませんよ」


「少なくとも致命傷は与えられるって信じたいよ」


 あすながもだえているドールへ目を向ける。つられてタイコも体液をまきちらす化け物を見た。


 機関砲や戦車砲の一撃は、確かにその体を蝕み、傷つけているようである。


 対艦ミサイルであるハープーンの威力は、これまでの武器とは桁違いだ。これで決まらないとなると、現戦力ではどうにもならない可能性が出てきてしまう。


「どのみち、どうにかしないといけない。被害が出てしまった以上は」


 それまで飄々としていたあすなの顔に、一瞬、悲しみが浮かび上がってきた。それはすぐに鳴りをひそめ「よろしくね」とあすなは口にした。


「わ、わかりました」


「よるかぜ、ハープーンの準備を。今から隙を作るわ」


「キリンの首を上げてください! 思いっきり、いっぱいまで!」


 タイコの指示に従って、キリンのクビが上がっていく。ワイヤーはこれまでなく張りつめ、力がかかる。


 クビが「つ」の字にのようにしなり、悲鳴のような金属音がキリンを震わせる。それでもなお、キリンはクビを上げる。ドールの体が起きてしまうほどに。


 真っ白な頭が指揮所のほどの高さにまで上がる。


 ぎょろぎょろとした無数の目が指揮所にいたあすなやタイコたちを捉えた。そこには攻撃してくるものに対する憎悪が満ち満ちていた。


 タイコが声にならない悲鳴を上げる。その少し前にいたあすなは不動で、相手を睨み返していた。


 いつツバが飛んで来て、防弾ガラスをたやすく破り、ちっぽけな彼らの肉体を押しつぶしてもおかしくはなかった。


 だが、その前に、海上で音がした。


 観測所の面々が、砲塔が折れた戦車から這い出た戦車乗りが、イーグルに乗ったパイロットが、そしてドールそのものさえもが音の方を見た。


 海上を舐めるように飛翔する物体があった。それこそは、たちかぜ型護衛艦四番艦よるかぜが発射したハープーンであった。


 洋上を進む対艦ミサイルは、有機的で冒涜的で邪悪な化け物へ一直線に進む。


 ドールがひときわ大きな声を上げた次の瞬間。


 大きな爆炎が上がった。


 これまでにない衝撃がキリンと、その中にいた人々を襲う。防弾ガラスがビリビリ震え、砂塵が吹き付ける。


 思わず体勢を低くしたタイコたちが正面を向いたとき、唾棄すべきドールのブヨブヨとした肉体はなかった。


 ぱちぱちと爆ぜる黒煙の中に、巨大なシルエットはない。


 頭がどうにかなってしまいそうな咆哮も、粘着性のツバもなかった。


「状況終了……なのかな?」


 困惑しつつもあすなが言った。

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