作戦確認
指揮所は急ごしらえのものとはいえ、意外と居心地がいいとタイコは感じた。
ただ、地上二十メートルからの眺めは、腹の中がきゅっと縮むような不快感をタイコに与えた。
「吐くならこの袋にね」
「いりません」
タイコは指揮所を見まわす。ワンルームほどの広さの中には、簡素な椅子と作戦概要の書かれたホワイトボード、使い方もわからないような通信機器などが雑多に置かれている。
指揮所の隣にはクレーンの操縦席が併設されていたが、全面ガラス張りとなっている。席に座った
隊長のあすなが腕時計に目を走らせる。「作戦開始まで残り十分だけど、覚悟はいいですか」
「逃げてもいいですか」
「どうぞ、ただし、砲火に巻き込まれてもいいなら」
「……ここにいます」
「それがいいです。この砂丘において、今この瞬間、ここほど安全な場所はないでしょう」
そう言ってほほえむあすなを見ていたタイコは、目をそらすように窓の方を見た。
正面の強化ガラスでできた窓の向こうには、稜線にそって並ぶ
事前の会議で立てられた作戦が、タイコの脳裏によぎ流。
作戦と名付けられた本作戦は、超巨大釣竿キリンと超巨大疑似餌と自衛隊の戦力を用いて行われる。
キリンが巨大魚を釣り上げ、姿をあらわしたそれを自衛隊が保有する火力でもって可及的速やかに叩く。以上が、作戦の全容であった。
思い出してもなお、めちゃくちゃな作戦だとタイコは思った。なんだ、巨大魚を釣り上げるって。夢か何かに閉じこめられているのではないか。
そう思ってタイコは頬を叩いてみたが、ぺチンという音ともに確かな痛みを感じた。夢ではなかった。
その時、頭上で轟音が通り過ぎていった。
「
朝焼けの空に飛行機雲を五条伸ばしながら飛行するのは、スカイグレーに塗装されたF-15である。海上自衛隊が派遣した戦闘機であると聞かされてはいたが……。
「なんというか現実味がない」
自衛隊の戦力が一部とはいえ集結しているさまは、戦争のよう。だが、相手は人間ではなく宇宙人でもない。いるかもわからない謎の巨大魚というのがシュールである。
「しっかりしてください。これは現実です」
「いるかもわからない巨大魚を釣り上げて、あまつさえ、戦車とかで攻撃しようとしている。国の予算がこんなバカらしいことに使われていいものなのかな……」
あすなが、タイコの肩をがっしりと掴む。タイコは悲鳴を上げた。その力は女性にしては強い。さすがは陸上自衛隊員といったところか。
「ブリーフィングでも説明した通り、ここには巨大魚――いえ、ドールがいるんです」
ドール。
その存在については、アドバイザーのタイコも聞かされていた。
ドールとは、漢字では土尾流と書き、いくつかの古文書にその名が記されている。
いわく「六十間なる物の怪、幻夢境より来たりし時、星は滅する」とか。六十間とは百メートルのことで、渦中の巨大魚のことをさしているのではないかと怪しげな風貌の科学者は言っていた。
だが、タイコには理解できなかった。そのドールという存在も、それを平然と受け入れている自衛隊員のことも理解できなかった。
幻夢境ってなんだよ、星を滅するほどの魚ってバカじゃないの、とタイコは心の中で突っ込んだ。
それに、薄墨で描かれた土尾流と描いたと思しき絵は、魚というよりは巨大なイモムシあるいはミミズのようであった。
「あんなの魚じゃないよ!」
「ですが……似たようなものでしょう?」
「ミミズはエサだよ、魚じゃない!」
「おや、作戦開始時間か」
「逃げるなっ!」タイコが喚くが、あすなは聞く耳を持たない。「総員、状況開始してくださーい」
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