ドール・ウォー
藤原くう
作戦開始前
ここはサルカモライ砂丘。某県の太平洋に面した海岸線に伸びるその砂丘は、早朝ということもあってか、やけに静かだった。
「ここに巨大魚がいるのかねえ」
タイコの隣には、オリーブを基調とした迷彩服を身にまとった女性がいた。双眼鏡を片手に、砂丘に広がる演習場を眺める彼女の名は都寺あすな、二等陸尉である。
「いるって言ったのはあなたたちじゃないですか」
頬を膨らませてそう言ったのは、丸タイコ。あすなに連れてこられた釣り人だ。
「いやあ、そうなんだけどね? 私たちが見つけたわけじゃないくて、世間で噂になってるから」
サルカモライ砂丘には巨大魚がいる。
一部のオカルトマニアをはじめとして広がったその噂がネットで騒がれるようになったのは、ここ数か月のことだ。
サルカモライ砂漠には演習場があること、その演習場で月をバックに跳ねる超巨大――推定全長百メートル――生物が撮られたことなどによって、噂には信憑性があった。
「自衛隊が生物兵器をつくってるなんてさあ、そんなわけないじゃん」
「わたしだってそう思ってますよ」
タイコだってそんな噂、いつもの与太話だろうと思っていたのである。――数日前、あすなから助力を求められるまでは。
「本当にあなたたちが作った兵器じゃないんですか?」
「だったら、君を呼んだりしないってばー」
「どうだか。この後口封じされるかもしれない」
「そんなお金のかかることはしません。私なら、ニューラライザーでも使うよ」
「そんなものあるわけが」
タイコが言っている途中に、あすなが懐からペンのようなものを取りだしたかと思えば、その側面をタイコへと見せてくる。確かニューラライザーは細長かったのような。
パシャっと、眩い光がタイコを襲った。
視界が真っ白に染まり――それだけだった。
「な、なにこれ」
「あはは、記憶消去だなんてあるわけないじゃん。だまされちゃったねー」
コロコロと笑うあすなに、タイコは腹が立ってきた。ぶん殴ってやりたくなったが、相手は自衛隊員、一般ピーポーたる自分が敵うとは思えなかったからやめた。
「そもそもわたしなんかいなくてもよくないですか? 釣り出来るでしょ」
「そりゃあそうですが、できることは何でもしたいのですよ。おっと準備が完了したようですね。見ます?」
あすなが双眼鏡を差し出してくる。タイコはそれを受け取り、彼女が見ていた方角へレンズを向ける。
砂丘の奥に点在する沼地の一つに、朝陽を浴びて輝く四つ足の建造物があった。
「あれが、釣り竿ですか」
「後ろに乗っけたのがベイトリールね」
言われてみれば、確かに釣り竿のような形をしていないでもない。だが、どちらかといえば、クレーンの方が近いだろう。
キリンの愛称をつけられたその建造物は、謎の巨大魚を釣り上げるためだけにつくられた、バカバカしいことこの上ない決戦兵器である。
「全長百五十メートル。アンカレッジもしっかり埋め込んでありますから、駆逐艦くらいなら容易に釣り上げられますね」
「ちなみに駆逐艦ってどのくらい重いの?」
「ピンキリですが、小さいので排水量二千トンくらいですかね」
「いまいちピンとこない……」
「初代ゴジラの十分の一です」
「いやもっとわからないんだけど」
あすなの「ゴジラ見たことないんですか」という驚きの声を無視しながら、タイコはキリンをつぶさに観察する。
東京タワーのような四本足の土台に、キリンでいうところの首にあたるトラス式ジブが斜めに生えている。
ジブにはカーボン製のワイヤーが通っており、クレーン根元にポン付けされたウィンチドラムにまで続いている。それがベイトリールでいうところのスプールだ。その隣には箱型の指揮所があった。そこへ今からタイコは向かうのだ。
これから行われるのは、砂の中に潜む巨大魚を釣り上げるという、自衛隊史上例を見ない作戦。
その作戦においてアドバイスを行うのが、釣り人であるタイコに与えられた役割であった。
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