月は

その日の睦言は酷いものだった。

相手は珍しく俺とそう変わらない、これまでにイルゼを抱いた男の中ではダントツで若い男だったのだが、その倒錯っぷりたるやこれまでイルゼと床を共にした全員を足し合わせても足らないくらいだ。


「あの…アラン様、こちらをほどいていただけませんか。恥ずかしゅうございます」

しばらく行為が始まらないのでちらりと伺い見れば、イルゼの腕は頭の上で縛られ、足は大きく広げるように縛られていた。

久しぶりに、腹を突き上げるような憎悪が沸き立つ。ヤツが何をしようとしているのか確かめたくて扉は細く開けたままにした。

「ええへへへへ、だめだよイルゼ。これが、その姿が君は素晴らしいんだから」

ほおら、と、首筋から下に指先を滑らせていく。

「んっ、…いけません、こんな…不埒な…」

「不埒?!不埒だと!」

「キャッ」

突然アランがイルゼの乳房をわしづかみにする。聞いたことがないイルゼの悲鳴に、ぞわ、と背中の産毛が粟立つ。

「一番不埒なのはイルゼ様、あなたでしょう?もはや国中に聞こえていますよ、あなたがどれだけ色に狂っているか。僕が、あなたのことを一番喜ばせてあげますから」

お好きなんでしょう?と愉悦に狂った笑顔をイルゼに向け、わしづかみにしていた双丘の片方を舐め上げ、しゃぶりつく。

「あッ、あん、だめ…ああ」

イルゼは体をくねらせるが縛られているせいでままならない。手首に縄が食い込んでいるのが見え、腹の中の憎悪が頭の中までも侵食しはじめる。

「ああははははあ、イルゼ、イルゼ…可愛いなあ。ほら、腰が動いてる。うずいてるんだろう、ここが」

「…あっ!!」

アランが指先を彼女の中心に埋め、ぐちゃぐちゃと音を立ててかき乱す。

「あ、あっ、アラン様、お許しください…!!」

「だあめだよお、許さない、こんなにかわいいイルゼ。…ねえ、今日はイルゼのためにこんなものを持ってきたんだ。これは初めてだろ?君でも」

どこに隠していたのか、アランはごつごつとした枝のようなものを取り出した。よく見ようと目をすがめた俺は、あまりのことに は と小さく漏らした。

それは張り型だと思われる代物だった。しかも、バラのとげのような鋭利な突起が幾つもついている。

俺の中の理性が、ブチンと音を立ててキレた。ゆっくりとクローゼットの扉を開けると、音もなくアランのもとに歩み寄る。

「さああいくよおお、イルゼ。君の中に、絶対に消えないき」

ごとっ

アランの腕ごと張り型が床に転がった。俺はヤツがあっけにとられている間に、主を縛り付けている縄を切り、次いでアランの口をきつく抑えると首筋に剣を沿えた。

「…!~~~!!!!!」

「イルゼ。必要なことを聞け。今すぐ」

「…ア…ラン様…」

「早く」

あまりの事態に珍しく色を失ったイルゼを急かす。肩口から切られたその傷口からは鮮血が心臓の鼓動に合わせリズムよく噴き出している。そう長くはもたない。

「…貴公が、邸宅に市民を集め、反王政の教育を行っているというのは誠ですか」

「!」

イルゼの問にアランがコクコクとうなずく。

「それにドミナム卿が参加しているというのも」

アランが首肯する。

「それは間もなく結実するということも」

アランは少々戸惑いながらも是とした。

「…そして、あなたが、その中の見目好い女児を邸宅に囲っているということも?」

イルゼの声に俺がアランの顔を覗き込むと、アランは恐怖に目を見開いた。是だ。俺はせめてもの情けで一息で心臓を貫いてやった。


部屋にむせかえるような血の香りが漂っている。俺はその香りにてられたようで、ベッドのわきでえずきを繰り返した。

「サジ」

俺は血生臭さと自分の口から洩れる酸っぱい香りに涙を浮かべながらイルゼを見た。

「命令違反だわ」

俺は数瞬の間その言葉を理解しようとしていた。

そしてその意味するところに気づいてしまったら、もう止められなかった。


俺はアランの代わりに彼女を組み敷いていた。

「命令違反だ?…てめえ、何されようとしてたのか分かってんのか!!」

「そんなことは関係ないわ。あんたの仕事は、私が呼んだ時に人を殺すことよ」

「関係無いわけねえだろ!主を守るのが従者の仕事なんじゃねえのか!」

「あたし、あんたに、守ってくれなんて言ってないわ」

出会ったときに見た、つるりと冷たい顔をしたビスクドールがそこにいた。

ああ、そうか。

「ああ、そうかよ」

「ええ、そうよ」

「じゃあお前、俺に何されても文句言えねえな?」

守らなくていいんだな。俺は、お前を。

「……したいなら、すれば」

その言葉に、俺はイルゼに口づけた。口の中をめちゃくちゃにかき回して、耳をしゃぶって、その痩せた胸を揉みしだいた。

イルゼはこれまで数々の男に抱かれてきたときとは打って変わって、何の反応も示さなかった。吐息の一つもあげることなく、ただ顔を窓の外に向けていた。

その瞳から涙が零れたような気がして目を瞬いたが、次の瞬間には涙の痕は消えていたので幻覚だと思った。

窓の外では弓張り月が輝いている。

俺はすっかり、まさしくやる気を削がれてしまった。彼女の上から退くとベッドに座り込む。

「…お前、こんなもんぶち込まれてもよかったのかよ」

「…良いわけないでしょう、私だって腹の中をズタズタにされるなんてさすがにごめんだわ。あんたを呼ぼうと思ってたわよ」

「え、じゃあなんで怒ってんの」

「命令してないでしょう。まだ」

「え」

「あんたが人を殺すのは、私に名を呼ばれたときだけにしなさい。それも、隠された名前を。それ以外で人を殺すことは許さない」

「…」

「それの片付けをしないと。あと、ドミナム卿の呼び出しを。それと…」

「イルゼ」

「何よ犬。気安く名を呼ばないで」

「月が綺麗だな」

「…月、は」

…月はずっと綺麗だったわ。と彼女は言った。

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