第21話「和解と策略」



「お姉様、ごめんなさい! 祖国でお姉様が酷い目に会っていると知りながら、わたくしは何もできなかったわ! お父様やお兄様がお決めになったことに口出しできなかったの! 非力なわたくしを許して!」


妹の話を纏めると、私に酷いことをしていたのは父と異母兄の配下で、自分は無関係という事らしい。


涙ながらに「非力なわたくしを許して!」と言ってくる妹を、どこまで信じていいものやら。


「ジャネットに意地悪を命じたのはあなたじゃないのね?」


「ジャネットって誰? メイドの名前までいちいち覚えてないわ」


涙目で見上げてくる儚げな美少女……私が男だったら、簡単に彼女の言葉を信じてしまうところだ。


そのとき、レオニス様の咳払いが聞こえた。


「シャルロット、いつまでも泣いていてはだめよ。あなたも一国の王女なら、この国の王太子に礼を尽くしなさい」


「そうでしたわ。ごめんなさい」


妹は涙を拭い、「お初にお目にかかります、王太子殿下。ノーブルグラント王国の第二王女、シャルロット・ノーブルグラントです」そう言って、優雅にカーテシーをした。


さすが私と違ってちゃんと教育を受けた王女様。


カーテシーも美しいわ。


「初めまして、シャルロット王女。俺の名前はレオニス・ヴォルフハート。この国の王太子だ」


レオニス様も優雅に挨拶をした。


「……嘘、筋肉だるまでも、不細工でもない……。ちょっと影のある長身の美男子……わたくしの理想の王子様だわ」


シャルロットが口に手を当ててボソボソ話しているが、よく聞こえない。


今日のシャルロットは真っ赤なドレスを着ている。


涙で瞳を濡らした彼女は、女性の私から見ても美しい。


妹が纏っているドレスの色はレオニス様の瞳の色。


それもあってか、二人が並んでいると、美男美女で……とても絵になる。


なぜだかわからないけど、私はそんな二人を見てもやもやしていた。


「王太子殿下、もっとお話を……」


シャルロットがレオニス様に、一歩近づく。


そのとき、侍従長さんが部屋に入ってきた。


「殿下、会議のお時間です」


「そうか、すまない俺は席を外す。アリアベルタ……」


レオニス様がわたくしの耳元で「王女が君に非礼を働いたら、侍従長に言うんだ。理由を付けて彼女を追い出してやるから」と囁いた。


耳元で囁かれるとこそばゆい。


シャルロットがこちらを睨んでいる。


先ほどまであったもやもやがすっと消えていった。


「心配いりません。レオニス様は会議に集中してください」


「わかった」


レオニス様が部屋を出ていくと、「殿下ともっとお話したかったのに、お姉様ったら酷いわ……」またボソボソと何か言っていた。


「いけない、いけない。今はそれより大事なことがあるのよ……」


妹はボソボソと話す癖があるようだ。


「シャルロット、特に用事がないならもう帰って……」


「お姉様ったら酷いわ! 遠路はるばるやってきた妹を追い出すと言うの!」


もしかしてこの子、今日ここに泊まるつもりなのかしら?


妹は隣国からやってきたのだ。一泊もさせずに追い返すのは、流石に礼儀に反するだろうか?


「侍従長、妹の部屋の用意をお願いします」


「承知いたしました」


「良かった! 今日はここに泊まれるのね!」


本当は泊めたくない。両国の関係上仕方なく泊めるのだ。


「お姉様はこの国で『加護姫』と呼ばれてちやほやされているんですってね? わたくし知ってるんだから!」


「どうしてそのことを?」


「あら嫌だ。お姉様ったら有名人なのよ。ノーブルグラントにもお姉様と妖精の噂は届いていますのよ」


祖国にまで噂が届いてるとは思わなかった。


「お姉様ご自慢の野菜畑を見たいわ! それと妖精様も! ねぇ、いいでしょうお姉様?」


ぐいぐいくるな、この子。


やはりさっきのは嘘泣きだったのかしら?


「野菜畑だけなら……」


フェルに会わせたら、きっとこの子の髪は一本残らずチリチリにされてしまう。


野菜畑を見せたら、客室に引っ込んでいて貰おう。


「わぁー! ありがとう! お姉様!」









「葉っぱばっかりね」


庭園(畑)に連れて行った、妹の第一声がこれだった。


「お姉様、なんの植物を育てているのですか?」


「一面に植わっているのがじゃがいもで、向こうに見えるのがトマトとナスときゅうり。あっちの畑は玉ねぎと人参。その向こうにあるのが、果樹園でりんごやみかんを……」


「ふーん、果物以外は全然わからないわ。お野菜なんて刻んで料理されてる物しか見たことないもの」


うわぁ、生粋のお姫様発言。


畑を見たいと言うから、てっきり妹は植物に興味があるのかと思ったけど……先ほどの様子を見る限りそうでもなさそうだ。


今も靴が汚れるとか、ドレスに土が付いたと言って騒いでいる。


「それよりお姉様! 妖精様はどこにいるのですか? てっきり畑にくれば会えると思っていたのに、いないんですもの!」


「うーん、あなたはフェルに会わない方がいいわよ」


「フェルって妖精様のお名前? 可愛い名前ね。お姉様の意地悪しないで妖精様に会わせてよ」


ご自慢の髪の毛を一本残らずチリチリにされてもいいなら会わせるけど……とは言えない。


「こんなに頼んでも妖精に会わせてくれないなんて……。お姉様は、祖国でわたくしがお姉様を助けられなかったことを、まだ根に持っているのですね?」


妹は涙目になる。


「そういうわけじゃないんだけど……」


「ならせめて、妖精様の特徴を教えて下さい! ついでに妖精様の好きな食べ物も教えて下さい!」


「シャルロットはなんでそんなに、フェルのことが気になるの?」 


「それは……だって、妖精なんて絵本の中の生き物だと思っていたんですもの。実際にいたら興味が湧きますわ!」


そういうものなのかしら? 私には幼い頃からフェルが身近な存在だったのでよく分からない。


「祖国では妖精様の噂でもちきりなのよ! 皆が妖精様に興味深々なの! ヴォルフハート王国まで来たのに、妖精の情報を何一つ掴めないで帰ったら、祖国でバカにされちゃうわ! ねぇ、お姉様! わたくしを助けると思って妖精様の事を教えて下さいな!」


妹は情報通になりたいらしい。


「うーん、特徴と好きな食べ物ぐらいなら……」


それぐらいなら教えてもいいよね?


「ありがとう! お姉様! 恩に着るわ!」


その時の私は、あまり深く考えず、妹にフェルの特徴を話してしまった。


そのことが、大問題に発展するとも知らずに……。



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