第11話 ね、楽しいでしょ?

「ぜぇ……ぜぇ……」


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「いや、大丈夫じゃないかも……」


 莉子ならまだ良いとして、小学生相手に惨敗をした俺は、1人ベンチでひどく落ち込んでいた。

まさか、小学生相手にも負けるなんて……。

俺ってマジで体力なさすぎだろ……。


「凛香、俺のことは良いから、みんなと遊んで行ったら?」


「りんかもちょっと疲れちゃったから、お兄ちゃんと座ってる」


「そうか。でも、また遊びたくなったら、何時でも行きな」


「うん!」


 俺に体を寄せて、楽しそうにする凜香。

俺の妹、マジで天使だな。


「――――ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「今日のお兄ちゃん、何だかすごい楽しそうだったよ」


「――――えっ……?」


「りんかも、お兄ちゃんがあんなに楽しそうな顔をしてたの、初めてかも」


「――――!?」


 凛香は、そっと微笑みながらそう言った。

えっ、俺ってそんなに楽しそうにしてたか……?

全く無意識で分からないんだけど。

いや、まさかな。

 でも、凛香を見ると、いつも俺に見せてくれる笑顔だった。

だから、俺は体の反射で凛香を抱きしめてしまった。


「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん!?」


「やっぱり、凛香しか勝たん!」


「は、恥ずかしいからやめて〜!」


 とか言いつつも、凛香は全く抵抗しようとはしない。

もはや笑顔まで見えている。

だから甘やかしたくなっちゃうんだよな〜。

全く、ダメな兄貴だぜ。


「お兄ちゃん、びっくりしたでしょ?」


「何が?」


「りこちゃんがいること」


「あ、ああ……。もしかして、この前車の中でコソコソ話してたのって、今日のことだったのか?」


「うん、そうだよ! りこちゃんが『いつもどこの公園で遊んでいるの?』って言われて、ここの公園だよって教えたら、『じゃあ、りこも一緒に遊んで良い?』って言ってたの!」


「そうだったのか」


 あの莉子が、学校では超問題児扱いされているあいつが、まさかこんな感じで子どもたちと遊んでいるなんて……。

まっっっったく想像出来ない。

 でも事実、俺の目の前では子どもたちと戯れている莉子がいる。

しかも、めっちゃ楽しそうな顔をしながら。


「あんたかどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ!」


 今は『あんたかどこさ』をやってるらしい。

なんか小学生の時やった気がする。

床に十字にビニールテープ貼って、そこで前後左右でジャンプしながら歌うんだったかな?

ああ、そんな感じだった。

 今の小学生も、こういう民謡を歌いながらで遊ぶんだな。

今でも愛される曲を作った、昔の人って凄いや。


「それを木の葉で チョイとかぶせ! やった出来た!」


「みんな上手いねー! じゃあ、みんないっぱい動いたからちょっと休憩しよう!」


「「「「「はーい!」」」」」


 すげえなあいつ。

もうすでに子どもたちの人気ものになってやがる。


「あ、先輩お疲れのようですね!」


「そういう莉子も、だいぶお疲れのようだけどな」


 俺の隣にドカッと座り、そして足を伸ばす莉子。


「はあ、はあ……それはそうですよ。子どもたちは体力あるんですからね」


「まあ、そうだな」


 肩で息をしているほど、かなり動き回ったようだ。

俺も昔はみんなみたいに、休憩無しでたくさん遊んだもんだ。

休みの日は、ほとんど家の中にいる今の俺じゃ、もうあの頃には戻れないな……。


「あっ、りんかちゃん! どう? 楽しい?」


「うん! りこちゃんがいるから、すごく楽しい!」


「そっかぁ! 良かったぁ!」


 すっかり馴染んでるなぁ。

ただ、いつもの莉子を知っている俺からすれば、マジで危険な匂いしかしないんだけどな……。

凜香が心配で仕方がない。


「先輩って、やっぱり体力ないですよね」


「体力なくて悪かったな……」


「あはは! 図星ですね先輩!」


「うっさい!」


「でも先輩、すごい楽しそうでしたよ!」


「――――!? それ凛香にも言われたんだけど、俺そんなに楽しそうだったか?」


「はい! すっごく楽しそうにしてました!」


 マジか……。

莉子もそう言ってくるってことは、本当にそうなのかもしれない。

何でだ……?

全く自覚ないのに……。


「お兄ちゃんってもしかして、実は遊ぶのが好きだったりして……」


「ま、まさかな。そう見えただけなんじゃないか?」


「――――まあ、お兄ちゃんがそう言うのなら、そうしておいてあげる」


「――――」


 そう言って、視線を俺から遊んでいる子どもたちに向ける凛香。

凛香の横顔は、どこか寂しそうで、悲しそうな感じだった。

 本当は……本当は、俺は凛香に反論しようとしていた。

でも御存知の通り、凛香は勘がとてつもなく鋭い。

ほぼ100パーセントの確率で当たる。

だからこそ、俺は凛香に何も言えなかった。


「先輩、可愛い妹ちゃんを悲しませたらダメですよ?」


「――――」


「せ、先輩?」


「あっ、ごめん莉子……。ちょっと考え事してた」


「――――楽しかったですか?」


「えっ?」


 思わない言葉に、俺は思わず莉子の方を振り向いた。

ちょっとだけ首を傾けて、俺に聞いている莉子がいた。

いつものように、からかっているような様子ではない。

本気で俺に、質問しているようだった。


「まあ……楽しかったのかもしれないな」


「――――そうですか。なら良かったです」


 俺がそう答えると、莉子はスッとベンチから立った。

そして、俺の方には振り向かずに話を続けた。


「またここに来てください。先輩は、多分りこの気持ちが、だんだんと分かってくると思いますよ」


「――――」


 そう言って、莉子はまた子どもたちの輪に混ざって行った。

俺の顔の様子をチラッと覗く凛香を隣に、俺はただベンチに座ったまま、莉子の背中を見ているしかなかった。

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遊んでください先輩! うまチャン @issu18

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