第8話 凛香はずっと『ワクワク!』している

「ありがとうございましたー!」


「いえいえ〜、それじゃあまたね!」


「りこちゃんまたねー!」


「うん! りんかちゃんまたねー!」


 すっかり和んじまってる……。

ああ、これから俺ん家の家族はどうなってしまうんだろう……。

特に凛香なんか莉子にあんだけ甘えちゃってさ、俺が一番心配だよ。

 莉子の家はそれほど遠いところじゃなかった。

俺の家の右側の隣街、美園みその町に入ってすぐの場所だ。

莉子曰く、祖母も暮らしていているらしく、見守りとして身の回りのお世話係もしているとか。

あんな腹立つ性格しているのに、意外と心優しいんだな。


「お兄ちゃんまたりこちゃんの悪口言ってる〜」


「言ってないって!」


「そうなの? お兄ちゃんって、いつもりこちゃんと喧嘩してるの?」


「喧嘩っていうか……。まあ、いつもあんな感じだな」


「――――お兄ちゃん全然わかってない。りこちゃんはすごい良い人だよ」


「えっ……?」


 そう言われた瞬間、俺は驚いた。

凛香が、まさかこんなことを言ってくるなんて思ってなかったからだ。

 実は、俺の妹はこの歳にして勘がものすごく鋭い。

幼稚園の頃からすでにその才能を発揮していて、遊びでどっちの箱にあたりが入っているのかという運試し的なことをやると、ほとんど当ててしまう。

まあそれもすごいことなんだけど、もっとすごいのは人間に対する勘も鋭い。


「勝、凛香が言ってるのなら間違いないわよ。喧嘩なんかしてないで、もっとあの後輩ちゃん――――りこちゃんだっけ? と仲良くしなさいね。先輩らしくするのよ?」


「ま、まじか……」


 と言った感じで、母さんもそう信じるほどだ。

人間に対する勘というのは、その人が善人か悪人かという見極める力のことだ。

その能力が、凛香は異様に鋭い。

だから、母さんと俺はよく凛香のこの能力を頼っている。

妹をそんなふうに使って良いのかって思うかもしれないけど、当の本人はこの能力を自慢げに言ってるし、当たったらめっちゃ喜ぶからこれで良いと思ってる。


「ということで、お兄ちゃんはりこちゃんと仲良くすること!」


「はい、分かりました……。頑張ります……」


 あいつと関わるの苦手なんだよなぁ……。

でも凛香曰く、莉子は良い人らしい。

とりあえず頑張るしかないか……。










◇◇◇









 そのまま車に揺られて――――俺たちは自宅に着いた。

家に入った瞬間、俺はすぐに自分の部屋に入ってそのままベットにダイブした。

 もう疲れた……。

あんな距離から、しかも真後ろで莉子に話しかけられるわ弄られるわ……。

そんなことをされたら疲労溜まっていくに決まってる。

とりあえず頑張るかって思ったけど――――うん、やっぱり無理な気がします!

あいつとは仲良く出来る気がしない!


「はあ……」


『せんぱーい! 何寝てるんですかぁ?』


「――――」


『先輩ってほんとへっぽこなんですからぁ〜。この莉子が起こしてあげますよ!』


 今日はやけに俺の耳の鼓膜がおかしいようだ

おっかしいなぁ、なーんであいつの声がこんなに鮮明に聞こえるんだろうな?


「お兄ちゃーん、疲れちゃった――――」


「だああああああああ!!!!! 今日の俺はなんかおかしいぞおおおおおおおお!!!!!」


「――――!? うるさああああああああいい!!!!!」


「はっ! 凛香、か」


「いきなり大声出さないでよ! りんかの耳壊れちゃうよ!」


 俺が叫び声を上げたと同時に部屋に入ってきたらしい。

それは悪いことをしたな……。

凛香が両手で耳を必死に抑えている姿が可愛いとか、そんなキモい感想言うわけ……超可愛いじゃんかよぉ!


「悪い悪い。今日のお兄ちゃんはちょっとおかしいから許してくれ。それで、何か用か?」


「特に何もないけど来ちゃった」


「ということは、俺に構って欲しいってことだな?」


「――――」


 図星だったみたいだ。

ちょっと不貞腐れながら、それでも俺のもとに来て座った。

結局は兄のこの俺に甘えたくなる、実に凛香らしい。

 何かして欲しいっていう顔をするから、俺は凛香のほっぺをムニムニと触った。

相変わらず触り心地の良いほっぺだな。


「ん〜。お兄ちゃんちょっとくすぐったい」


「ごめんな、でも触り心地良すぎてやめられない」


「ん、じゃあ我慢する〜」


 可愛すぎかよ!

だから俺は凛香に甘々になってしまうんだろうな。


「なあ凛香」


「なあに?」


「さっき莉子とどんな話をしたんだ?」


「――――教えない」


「えー? ちょっとでも良いから教えてくれよ〜」


「やだ! りこちゃんと約束したもん。お兄ちゃんには絶対教えない!」


 うーん、これは聞き出すのは難しそうだ。

諦めるしかないか……。

 いや待てよ?

探偵みたいにこっそり莉子の様子を探ってみるのも手だな。

凛香にバレない程度に後ろからついて行けば、莉子を見ることが出来るんじゃないか?

おお、我ながら天才的な発想!


「――――お兄ちゃん良くないこと考えてる?」


「いや? そんなことないけどな」


 さすが勘が鋭い。

ただ、あくまでも凛香に何かあっても俺が対応できる。

そう、そういうことだ。


「――――まあ、お兄ちゃんは常に悪いこと考えてるからいっか」


「おい、それはどういうことだ」


「りんかが言った通りだよぉ〜」


「よし、お仕置きだ!」


「きゃー!」


 全く、周りから見たらじゃれ過ぎな兄妹だと思う。

でも、これが俺と凛香なんだ。

俺は満足してるし、凛香も楽しそうだから良い。

これが船木兄妹だ。


「そろそろご飯出来るわよー! ってあんたたちまたじゃれ合ってたの?」


「いつも通りだろ?」


「そうね、いつも通りだったわね。そろそろ出来るから降りてらっしゃい」


「「はーい」」


 凛香は俺のベットから降りると、今度は俺にくっつきながら歩く。

どこまで俺のこと好きなんだか……。

でも、凛香が中学生とか高校生になったらこうしてくれないんだろうなぁ……。

そうなったらお兄ちゃん泣いちゃうぞ。


「今日のご飯はなにかな?」


「なんだろうな? 楽しみだな」


「うん!」


 こうしていつもと同じ感じで、今日一日を過ごした。

しかし、次の日に俺は驚きを隠せない一日になろうとは思ってもいなかった。

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