第3話 隣でこそこそ

 莉子に散々苦しめられた後、俺は自分の席に座った。

いてて……まじできつかったな莉子の固め技。

しかも最悪なことに、俺の右隣は莉子の席だ。

あーあ、これは絶対ずっと睨まれる感じだ……。

居心地悪すぎる……。

 部室には同じ漫研部の部員たちが数名入ってきた。

ほぼ趣味の集まりみたいなものだから、軽く挨拶したらすぐに作業に取り掛かる。

俺と同じ漫研部の部員の紹介はまた後ほどにしよう。

今はそれどころではないからな。


「――――」


「――――」


 何だろう……さっきから右隣のやつが、ずっと俺のことを見てくる気がする。

試しに俺は、ばっ!と右を向いた。

しかし、莉子はそっぽを向いている。


「――――気のせいか」


 俺は試しに1つ罠を仕掛けてみた。

これなら多分右隣のやつが俺のことを覗いていると分かるだろう。

 俺はわざと気のせいかと口に出して、視線を元に戻した。

もとに戻したと思わせて、俺はいきなり莉子の方へ振り向いた。

これで莉子を黙らせる!


「――――!」


「――――あれ、先輩どうしたんですか? もしかして……りこの顔をそんなに見たかったんですか? 意外と先輩もへ・ン・タ・イですね」


 クソぉ!

もう一回見てくるかと思ったら逆だった!

罠を仕掛けたつもりが逆に嵌められた……。


「さっきまで先輩に散々弄られましたからね……。だからお返しです」


「ぐぬっ……!」


「あ、じゃあもう一つ……。やまもと先輩!」


「むっ、どうしたんだい?」


「りこの左隣にいる先輩が、りこのこといきなり見てきました! これってへ・ン・タ・イの部類に入りますよね!?」


「ちょっ、莉子!?」


 こいつことごとく俺のこと弄って来てやがる!

やばい、俺の弄りをちゃんと倍返ししてる!?


「そうだな……。じゃあ1つ莉子に質問だ」


「はい! 何でございましょう!」


 うわー、ございましょうとか莉子に合わない言葉だな〜。

てか、それはどうでもいいんだ。

和真、絶対に莉子に変な質問しないでくれよ?

こいつが大問題児なの分かってるって信じてるからな?


「莉子は勝に見られる前に勝を見たか?」


「えっ、えっとぉ――――」


 思いっきり見てたぞ。

さあ、吐くんだ!


「いやぁ? 見てませんけどぉ〜?」


 答えが嘘なのがあからさま過ぎる。

これは俺の勝ちだ!

よし、さっさと罪を認めてしまえ!

そして和真、俺を無罪だと言ってくれ!


「なるほど、なら……勝」


「はい!」


「お前はへ・ン・タ・イ罪で逮捕な」


「何でそうなるんだよ!?」


 おかしいだろこいつ!

今誰がどう見ても莉子に罪があるよね!?

なのに勝裁判長は莉子を無罪にして、俺を有罪扱いにしちゃったぞ!?


「理不尽だ! 異議あり!」


「周りにはまだ裁判員がいないので、判決は全てわたくしに委ねられている。よって、船木 勝はへ・ン・タ・イ罪で逮捕します! 異議は認めません!」


「な、なんだってぇ!? 周りにいるだろ裁判員!」


 俺は周りを見渡したが……誰一人として反応がない。

てか、もはや笑いを堪えている気がする……?


「ふっふ〜ん! 先輩、りこの完全勝利です。なので……やまもと先輩! りこは勝利したので、りこがしたいことをやっても良いっていう許可が欲しいです!」


「ほう、ちなみにどんなことがお望みなのか答えてもらおう」


 や、やばい……!

莉子のことだからやばいことお願いしてきそう。

さっきみたいな固め技やりたいとか言われたら、俺死ぬぞ?


「えっとですね……さっき先輩にたっくさん弄られたので、りこが満足するまで先輩をたくさん弄っても良いですか!?」


 良かったぁ固め技じゃなくて……!

って、そうじゃない!

莉子が満足するまで俺弄られるんかい!?

絶対俺の横でコソコソ何かしてきそうな気がしかしないんだけど……。


「ふむ……。決断を下そう」


 少し考え込む和真。

よし良いぞ和真!

莉子のわがままなんて聞かずに却下してしまえ!


「その願い、俺が許可しよう!」


「やったぁ!」


「なっ!?」


 か、か……和真ぁぁぁぁぁ!!!!

お前やりやがったなぁ!


「勝、お前は後輩を弄り過ぎだ。その罰として、西城 莉子の餌食となりなさい」


「え、餌食だと……? お前絶対許さねえからな……」


「せ・ん・ぱ・い!」


「は、はい……?」


「覚悟してくださいね? りこの弄りは先輩並じゃないですからね?」


「は、はぃ……」


 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべながら、俺に近づいてそう言った。

その表情が俺にとっては恐怖でしかなく……弱々な返事をしてしまった。

今日の部活は地獄だな……。











◇◇◇









「――――」


「――――にへへ……」


「ちょ、おまっ! 邪魔すんなって!」


「じゃあもっと邪魔しちゃいますね」


 宣言通り、莉子は俺が作業を始めた瞬間から邪魔をし始めた。

俺の脇腹をツンツンしてきたり、キャラ設定やストーリーの骨組みが書かれたノートにこっそりと落書きをしてきたり……。

まじでうざいんだけど……!


「お前まじ邪魔だって!」


「訴えても無駄ですよ。部長のやまもと先輩から許可を得てますからね!」


「ぐっ……! そ、そうだ。莉子、お前そんなことばっかりやってて良いのか? そんなに俺を邪魔してたら、作業が進まなくなるぞ?」


 実は来月、高校生を対象にしたイラストコンテストがある。

今回は部全体ではなく個人作品となるから、みんなは仕上げに向けて真剣な顔をしている中……莉子だけは余裕そうだ。

だからそこを狙って、俺は莉子を弄った。


「何言ってるんですか先輩、りこはもうほぼ終わってますよ」


「はっ?」


 まじで……?


「先輩って本当にりこのこと信じてくれくれないですよね……。りこは悲しいです……。すんすん……。はい、どうぞ」


 莉子は不満げな顔をしながら、俺にイラストを突き出してきた。

そのすすり泣きわざとらしいし何か腹立つし……。

俺は莉子のイラスト用紙を手に取って、そこに描かれたイラストを見た。


「――――!?」


 俺は思わず固まってしまった。

莉子は全く嘘を付いていなかった。

それどころか、莉子が描いたイラストは俺の想像を遥かに超えてくるものだった。

 おそらくこのキャラクターはソロアイドル。

マイクを片手に持ち、汗を流しながら渾身で歌っている姿の少女――――。

笑っている表情、服や髪の動き――――全てが驚くほど繊細に描かれていた。

まるで、この瞬間に目の前で動き出しそうだ。

それだけ、イラストに躍動感がある。

 そして、そのキャラクターだけではなく背景もすごい。

天井に吊り下げられているスポットライトもあるけど、なんと天井の骨組み1本1本まで再現されていた。


(莉子がここに入部してからそれなりの時間が経って、何回も見てきたけど……。本当にこいつのイラストか? って思うくらい細かいし綺麗なんだよな……)


 莉子のと俺のを見比べてみても、圧倒的な差があることがはっきりと分かる。

だから、苛つくし悔しい。


「あれあれ〜? もしかしてぇ、りこのほうが上手いとか思ってませんかぁ?」


「うっさいな! ほら返す!」


「わっとっと……! 先輩酷いですよ! ちゃんと丁寧に扱ってください!」


「うおおおおおお!」


 腹立つ、腹立つ!

学校の大問題児に負けるなんて……絶っっっっっ対許さねぇ!


「せ、先輩? 今日は随分と気合が入ってますね! りこも気合い入れて描きます!」


 何でお前もやる気スイッチ入ってるんだよ!

でも今はそんなこと考えてる暇はねぇ!

うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!

 俺は結局、この日は作業スピードが信じられないほど上がり、気づけば2枚目も描いていた。

そして隣でたまに弄ってくる莉子は、何故か俺が作業をしている様子をずっと覗いていた。

怪しく微笑んでいたからすっげぇ怖かったけどな。

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