最終話 パンツから始まり、パンツで終わる

 この三日間は気を張っていた。その緊張から解き放たれた瞬間、俺は眠気に襲われる。


「兄ちゃん。部屋戻るの?」


「ああ。疲れたから寝るわ」


「寝るって、まだ昼前だよ?」


 俺は京香の言葉に右手を上げて返した。

 京香よ。知らないと思うが俺は肉体的疲労よりも精神的疲労の方が大きいんだ。だから休ませてもらうぞ。


 のそのそと階段を上り、部屋に向かう。部屋のドアを開けてベッドにそのまま飛び込もうとした瞬間、あるものが視界の端っこに現れた。


 それは、白い箱。佳奈がふざけておいたであろう白い箱。昨晩渡されたパンツを入れておいた白い箱。


 帰るときに伝えるのをすっかり忘れていた。今から連絡して間に舞うとは思うが、そもそも気づくのだろうか。


 そんなことを気にするよりも、この部屋にパンツがあることの方が問題だ。俺は急いで佳奈にメッセージを飛ばした。


 すると、メッセージではなく電話がかかってきた。突然現れた受話器のマークに動揺してスマホを落としそうになったが何とか手の中に収める。その拍子にボタンを押してしまったのか、佳奈の声が聞こえてきた。


『あ、お兄さん。もしもーし』


「聞こえてるぞ。なんで電話?」


『歩きながらスマホいじるのは危ないからだよー』


 佳奈らしからぬ真っ当な意見。確かにそうだと納得させられる。


『それで、何で連絡してきたんだっけ』


「は? 箱の件だけど」


『箱ねー。それなら次会った時にでも返してー』


「はあ……。京香に頼めばいいか?」


『それでもいいけど。お兄さんはいいの? また怒られるかもよ?』


 当たり前だが、俺はパンツが入った箱を外に持って行くことに抵抗がある。だから京香に頼もうかと考えた。


 だが、佳奈の言う通り、京香に怒られる可能性が高い。箱の中身を見られては困る。見ないでと言っても怪しまれて見られるに決まっている。


「……わかったよ。そっちの家まで持ってけばいいか?」


『いや、返して欲しいときに連絡するよー』


「なんでだよ!?」


『だって、この後用事あるし。それまでちゃんと管理しといてねー。今は二個入ってるはずだから』


「は? 二個? なんで?」


 昨日の朝は空で、晩に入れたのでひとつ。二個って、なんだ?


『昨日入ってるってメッセージ送ったじゃん。もしかして、気になってる?』


「き、気になってるわけあるか! そんなパンツひとつ気にならんわ」


『あ、そろそろ切るねー。あとで連絡するー』


 俺の叫びも虚しく、通話は切られた。さっき左耳に受けた囁き声といい、右耳に使ったスマホ越しの佳奈のからかいといい。もう散々だ。


 てか、本当にパンツが入っていたのか? 正直、気になる。


 俺は箱を手に持って、蓋を開けて確認してみた。これは佳奈が言ったことに嘘があるか確認するため。断じて佳奈のパンツに興味があるわけではない。


 しかし、パンツは昨日入れたひとつのみ。それを手に取って中をよく見てみても何もない。

 上下左右、さまざまな方向に振ってみても音はしない。布だから当たり前なのだが。


「ん……?」


 箱を横にして振ってみると、箱の底が落ちてきた。スライド式になっていたようだ。


 そして、その中からパンツが落ちてきた。


「うお!?」


 考える余裕もなく俺は叫んだ。それはこの三日間で見てきたパンツとは違う、気合の入ったものというか……。


 これまでは見せパンと呼ばれる類のものだったのだろう。これは、なんというか。別物というか。本物というか。


「兄ちゃーん。どうしたのー?」


「い、いや! 大丈夫だ!」


「それならいいけどー」


 下から聞こえてきた京香の声。俺の返事に何も疑いを持ってないのか、上に来る気配はない。焦って変な返事になってしまったが、とりあえず一安心。


 とにかくパンツを戻さないと。俺はパンツを手に持ち、箱の裏側に入れる。この時の背徳感は二度と味わいたくない。傍から見たらパンツを隠しているただの変態だ。


 床に落とした箱の底をつけて蓋をする。これ、持っていくときにも気をつけないとな。持っていく途中に落ちたらそれこそ警察にお世話になってしまう。


 そんなことを考えていたら、スマホから通知音が鳴った。通知を確認すると佳奈からで。


『来週の日曜、朝10時に駅に集合ねー。ちゃんと箱持ってきてね。あ、中身だけでもいいよ』


 と、送られてきていた。

 

 なんで駅に集合なんだ。もしかして、俺をはずかしめたいのか?

 パンツを持っていることは俺と佳奈だけが知っている。俺が気にしなければいいだけの話だが、そんなわけはない。それを見て楽しみたいんだな。


 俺は『わかった』とだけ送ってスマホをベッドに投げた。


 今回はパンツから始まり、パンツで終わる佳奈のからかい。

 俺だからいいけど、他の人にこんなことやってないよな。心配しても仕方ないことだろうけど。


 って、今はそれどころじゃない。来週まで箱を隠しておかないと。


「はあ……」

 

 俺は白い箱を見て大きい溜め息をついた。

 それと同時に心の中で唱える。


 もう、パンツはりだ、と。





 ――――――――――――――――――――――

 ○後書き

 最終話までお読みいただきありがとうございます!

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 ところで兄は無事に箱、パンツを届けられたのでしょうか。

 もしかしたら、後日談として書くかも……?

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俺をからかってくる妹の友達が泊まりに来た話 pan @pan_22

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