第4話 手の上に置かれたのはなんだろな

 夕食を食べ終わった俺は食器を洗っていた。


 水着の件以降は特になにもなく、というより今まで佳奈が何かしてくることはなかった。夕食のときに何かしてくるのかと思ったが、京香の前では何もしないのかもしれない。


 しかし今、その京香がシャワーを浴びている。つまりそれは、リビングに俺と佳奈が二人きりということを意味している。


 でも、そんな心配は余計だった。それも佳奈は。


「お兄さん、これ、二段目に置いといていい?」


「おう。そこでいいぞ」


 俺が洗った食器を拭いてから食器棚に戻す作業を行っていた。何かを企んでるいるのかもしれないが、手伝ってくれるだけありがたい。


 その厚意にあやかって淡々と食器を洗い続ける。そして、その食器たちはタオルを持った佳奈の元へ。十分に水気を取ってから食器棚に戻す連携プレイ。


 その姿はまるで付き合い立てのカップルのような……。

 って、いやいや。俺と佳奈に限ってそんなことはありえない。


 好きになって付き合うとか、俺はまだしも佳奈にありえるのか?


 からかうのは愛情表現だとか、好きの裏返しだとか言うけど。佳奈の場合はちょっとおかしい。


 パンツを仕込むのはどう考えてもおかしい。それでいて俺を変態呼ばわり。どっちが変態なんだか。


「んー。気持ちよかったー」


「お、京香。上がったか」


 脱衣所から頭の上にバスタオルを置いた京香が出てきた。手にはドライヤーを持っており、そのままソファへと足を向かわせている。


 京香の風呂上がりは、いつも髪を乾かさずにリビングに来てソファに座るのがルーティン。佳奈の前でもやっていることから直す気なんてさらさらないのだろうな。


「じゃあ、あたし入ってもいい?」


「ん? 俺は構わんけど」


 佳奈が申し訳なさそうに目配せしてきた。食器の片付けを途中でやめる事に抵抗があるのだろうが、やってくれただあけありがたい。


 俺の返事を聞くとすぐに佳奈は脱衣所に向かった。残りは京香に手伝ってもらいたいところだが、声をかけれる雰囲気ではない。よくわからんがテレビ見て笑い転げている。


 まあ俺ひとりでやってもすぐに終わるし、さっさと片付けるか。


 なんなく食器やフライパンを洗い終えて食器棚にしまう作業に入ろうとしたが、タオルがなかった。

 佳奈が間違えて持って行ったのだろう。だとすると取りにいかなくちゃいけないな……。


 そのままラックに置いといていいのだが、あと一皿とフライパンのみ。ここまできたらやらないと気が済まない。


「京香ー。脱衣所からタオル持ってきてくれない?」


 そう声をかけたと同時にドライヤーが鳴らされた。このタイミングでかよ。

 京香がドライヤーの風を髪に当てているし、これは聞こえていないな。もう少し大きい声を出すか。


「京香ー! 脱衣所からタオル持ってきてくれなーい?!」


 鳴り続けるドライヤーの音。聞こえてないのか聞く気がないのかわからん。


 仕方ないか。諦めて取りに行こう。

 俺はキッチンを離れて脱衣所に向かった。今行ったら佳奈がいるだろうから気をつけないとな。もしものことがあるからな……。


「佳奈ー。タオル取ってくれない?」


 風呂場からはシャワーの音が聞こえており、俺は少し声を張った。女の子のシャワーを邪魔するのはなんだか気が引けるな。


 しばらくしてからシャワーの音が止み、佳奈の声が聞こえてきた。


「えー? お兄さん覗きですかー?」


「そんなんじゃねぇよ。食器拭くためにタオル必要だから取ってくれない?」


「仕方ないなー」


 ペタペタと足の裏が床に張り付く音。それと同時に水滴が落ちた音が聞こえてくる。

 変なことは考えるな。すぐタオルを受け取ればいい。


 俺は脱衣所のドアの前で身構えていた。何も期待していないし、タオルを受け取るだけ。それだけのことなのに、佳奈が何をしてくるかで頭がいっぱいだった。


「んー。これでいいのかなー? ちょっとお兄さん。少しドア開けるから触って確かめてくれない?」


 触ってってなんだ。箱の中身を当てましょう的なやつでもやる気か?


 すると、すぐにドアが開けられた。少ししか開いていないが、湿気が廊下にまで伝わり暑く感じる。しかし、肝心の何かが差し出されていない。


「何してんのお兄さん。早く手入れて」


「お、おう」


 恐る恐るドアの向こうに手を伸ばす。なんだかイケないことをしている気分だ。


 そんなことを考えているうちに俺の手にふかふかの何かが置かれた。繊維が手のひらをくすぐっている。ああ、これはタオルだ。


 何も疑うことはない。普通に考えて佳奈はシャワーを浴びている途中だしイタズラを仕掛ける暇もないだろう。


「ありがと。……あ、なにこれ? って、パンツ!?」


「よく大声出せるね。さすが変態」


「いや、タオルの上にパンツ置かれてびっくりしない人はいないだろ!?」


 そう、ドアの向こうにあった手を戻すとタオルと共にパンツが置かれていたのだ。どこでこんなこと覚えたんだよ。


 てか、パンツをすぐに出せるって、まさか……。


「あ、それあたしが適当に買ったやつだから。まさか、穿いたやつ乗せたと思った?」


「いやいやいやいや! さすがに脱ぎたては考えてない! 仮にそうだとしたら佳奈の性癖を疑うわ!」


「ふーん……。ま、とりあえずパンツはお兄さんの部屋にある箱の中にでも入れといて」


 え、あれパンツ回収用の箱なの。いや、そんなことはどうでもいい。


「わかった……。まあ、タオルはありがと」


「え、パンツは?」


「いらんて! もうガキみたいなことはやめろ!」


「わかったー」


 またしても軽い。もうお兄ちゃん疲れちゃったよ。京香、すごいやつと友だちだな。


 叱る気も食器を片付ける気もなくなり、キッチンにタオルを置いてから自分の部屋に向かった。


 時刻は21時になろうかというとこ。けど、今日はもう疲労困憊。身体より精神がもたない。男子高校生には色々刺激が強すぎる。


 俺は部屋に入ると、パンツを箱の中に入れてからベッドに倒れた。寝ると伝え忘れたけどいいや。

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