第5話 早起きしても徳はない

 最終日の朝。


「……まだ5時かよ」


 俺はベッドの上に置いたスマホで時刻を確認した。いつもより早く目が覚めてしまっていたようだ。

 休日はだいたい9時くらいに起きるのだが、これはいくらなんでも早すぎる。あれからずっと寝ていたのだから当然と言えば当然なのだが。


 今から起きても何もすることないし寝よう。俺はそのまま瞼を閉じて寝ようと試みた。


「……くそ」


 二度寝しようと目を閉じても、寝れる気がしない。完全に目が覚めてしまっている。

 とりあえずスマホでもいじって時間潰すしかないか。眠くなったら寝てみよう。


 俺は壁側に顔を向けた。逆側を向くと、窓からこぼれる光が眩しくて仕方がないのだ。だったら壁に向く方がいい。


 と言っても、やることあるわけもなく。ソシャゲをやる気力もないし、こんな時間に起きている友だち、話し相手もいない。ベッドから出るほど体も起きてない。


「ふわあ……」


 欠伸が出るのに寝れないなんて。あー、退屈過ぎる。

 てか、ちょっと寒いな。寝起きだからかな。


 俺は横にあった掛け布団を引っ張る。しかし、体の上まで持ってきたところでピタリと止まった。

 それは掛け布団におもりが乗せられているような。寝っ転がっている状態では力が入るはずもない。


 自分の足が引っ掛かってる、なんてオチはないよな。足元を確認しても掛け布団はない。

 俺は仕方なく掛け布団に近づいた。


 この時初めて壁とは逆の方向を向いた。目の前に広がる光景に思わず目を疑う。それも、掛け布団に膨らみがあったのだ。


 まあ、寝ているときに抱き枕にでもしていたんじゃないかな。でも、そんなにこの布団重たかったか?


 とにかく布団をかぶって温まろう。


 そして、ここにいるはずのないそれはいた。 


「……は!?」


 掛け布団をめくると佳奈がいた。びっくりして思わず掛け布団から手を離して、佳奈から距離をとった。と言ってもベッドの上だからそこまで離れられていない。

 それでも近くにいるよりはマシだ。


 そんなことより、なんで佳奈が俺の隣で寝てるんだ。記憶がない。俺が寝ようとベッドに寝転がった時はいなかった。それだけは間違いない。


「ちょ、え。なんで?」


 寝起きの頭では理解が追いつかない。動揺していると、佳奈が起き上がった。


「あれ……? ここってお兄さんの部屋?」


「そ、そうだけど」


「あ、間違っちゃった。ごめんなさい」


 ぶらんと頭を下げて謝ってくる佳奈。からかっているのだろうか。


 でも、なんだかいつもと様子が違う。本当にからかっているのだとしたら、無防備というか。スキだらけなはずがない。


 いつもなら優越に浸った表情を浮かべている。それなのに今はありのままの佳奈というか。目をこすりながら眠たそうな声で喋っているし。なんだか調子が狂うな。


「間違ったって、なに?」


「トイレに行きたくなって。それで。ふわあ……」


 佳奈は欠伸を押さえるように口元に手をかざすと、また寝転がった。


「ちょ、ちょっと。京香の部屋に戻って」


「やだ。ここがいい。えへへ」


「ダメだこりゃ……」


 諦めるしかない。絶対京香に怒られるが、佳奈が言っていたことを話せば許してくれるだろう。


 しかし、普段は見ることのない佳奈の寝顔はカワイイな。普段は見下すような顔を見ているからギャップを感じる。


 もしかして、俺がいつも見ている佳奈が特別なのか?


 からかってこない佳奈を想像できないが、さっきのが素だとするとだいぶ大人しい女の子だ。


 まあ、寝起きだったしそんなわけはないか。意外な一面を知ったところでそれが本当かどうかはわからない。とりあえずベッドから離れよう。


「……え?」


 ベッドから降りようと立った瞬間、足を掴まれた。

 もちろん掴んできたのは佳奈だ。目は閉じたまま、手に力が込められてる。


 振り払おうとしても離れない。まだ京香が起きるには早い時間だが、それでもこの状況はまずい。

 ここは仕方がない。無理やりにでも剥がそう。


「……なんで? 一緒に寝ようよ」


 おおおおおおおおう。なんだその甘えたような声は。

 本当に佳奈なのか……?


 これは、からかっている。そう思い込まないと正気を保てない。

 仕方なく俺は寝っ転がった。そして、咄嗟に天井の模様を目で追いかける。


「……にひひ」


「ほわ!?」


 俺の左耳に佳奈の甘い笑い声と漏れた息が吹きかかる。


 このままではまずい。背を向けて寝っ転がろう。なんで早く起きちゃったんだ。寝たいのに、寝れない。


 朝から災難だ。これでからかっていないと言われたら、俺はどうしたらいい。


  とにかく、これは誰にも言わないでおこう。黙っていても佳奈が言いふらしそうだけど。俺から言ったら間違いなくただの変態になってしまう。


 ……ああもう! 落ち着かん!

 羊でも数えるか。寝れなくてもいいから別のことを考えよう。



 ――――――――――――――――――――――

 ○後書き

 明日最終話になります。

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