第2話 謎の箱には用心を
翌日の朝。
昨日は、パンツの一件から特に何もなく、むしろ寝ている時に何かされているのではないかと不安になっていた。
だが、そんな心配ははじけた泡のように消える。
俺自身に何の変化もなかったのだ。顔に落書きだとか、寝巻が脱がされているとか。そういう俺の体に直接関係するイタズラはされていなかった。
「……なにこれ?」
起床してからの第一声は疑問。
俺には何もなかったのだが、俺の周囲には変化があった。
近くに置かれたベッドと同じ高さくらいの小さなテーブル。その上に見覚えのない箱が置かれていたのだ。
リボンが結ばれているわけでも、特別なプリントがされているわけでもない。なんの変哲もないただの白い箱。
俺はすぐにプレゼントという選択肢を排除して、佳奈のイタズラだと推測した。
だったらこの箱は放っておいていい。朝だからかどうにも頭が冴えているな。
お腹も空いてるし、さっさと下に降りるか。
「兄ちゃーん。起きてるー?」
「ん? 起きてるぞー」
扉を開けたと同時に、下から京香の声が聞こえてきた。
いつもは昼前まで寝ている京香も、佳奈がいるからかもう起きている。まだ9時だというのに元気なやつだな。
もしかして、朝ご飯を作ってくれたのか?
なんだよ、カワイイ妹だな。
「ねえ、私のパンツ知らなーい?」
おっと。朝からパンツの話ですか。
洗濯した時になくしたのかな。でも、昨日は洗濯してないよな。京香は適当なところがあるから自分の部屋のどこかに、なんてこともありそうだ。
京香の部屋に入るなと言われているから確認することができないけど。
「知らないぞー。京香の部屋にでもあるんじゃないかー」
こんな離れたとこで聞かなくてもいいだろうに。本当に適当な妹だ。
てか、佳奈がいるのにパンツをなくすなんて。もしかしたら佳奈が、なんてな。
……あれ、ちょっと待って。
佳奈がパンツを取ったとして、それはどこに……?
背筋に稲妻が走る。朝ってすごいな、今なら名探偵になれそうな気がする。
「あ、佳奈ちゃん。ちょっと待ってって」
下から京香の声が聞こえてくる。口ぶりから察するに二階に上がってくるのだろう。
俺は閉めようとしたドアを開けて部屋に戻った。そして、箱をベッドにぶん投げて布団をかぶせる。とりあえずこれで一安心。
もし、この箱の中身が京香のパンツなら、約束を破ったことになる。それに、今度は妹にまで手を出したというとんでもない変態に昇格してしまう。いや、降格か。
だんだんと近づいてくる足音。その度に早くなる心臓の音。
しかし、足音は途中で消えた。おそらく京香が自分の部屋に入ったのだろう。京香の部屋は階段から一番近い。そして、その次が俺の部屋。
これでとりあえずは大丈夫かな。
俺はベッドに腰を下ろし、一息ついた。スマホでもいじって時間潰すか。
「ふう……。あ、なんか来てる」
朝からメッセージが届いていた。やけに早い時間帯、同級生は寝てるだろうし両親からかな。
『お兄さん、箱の中身なんですけど』
『パンツ、ですよ』
いや、うん。わかってたよ、佳奈からだと思ってたよ。
そのメッセージは2分前に来ていた。それは、京香が佳奈に話しかけていた時と重なる。
つまり、佳奈は京香がいなくなったタイミングで俺にこっそりメッセージを送っていることになる。そして、箱の中身まで答えている。
さらに俺を動揺させるようなことを言ってくるな。もし、本当なのだとしたら、この部屋に来るよな、京香。
「あ、あった!」
壁の向こうから聞こえた声に俺は思わず安堵した。
よかった、あってよかった。さすがにパンツ一種類で生きてるわけでもないだろうし、そこまで焦る必要もなかったかな。
階段を駆け下りる音が聞こえてくる。その音はだんだん小さくなり、最終的に床の下から扉を閉じたのだろう、振動だけが伝わってきた。
これでもう終わりだろう。緊張していた全身の力が抜けて、ベッドの上に寝っ転がる。
その時、布団の隙間から例の箱が見えた。やっぱり、気になる。
例えパンツだったとしても、何かやばいモノだったりしても言わなきゃ、いいよな。
恐る恐る箱に手を伸ばす。そして、帽子のように被らされた蓋に手を置く。意外と緩く、そんなに力を入れずに開けることが出来た。
「あ? 何も入ってないじゃん」
拍子抜けだった。パンツが入っていると聞かされていたからなおさら。
中は箱の外装と同じく白い。本当に何もないのかと確認してみたが、やっぱりない。
なんだか腑に落ちないけど、箱を見られても問題ないことがわかったし、いっか。
俺は机の上に箱を置いた。そして、それと同時にあることに気づいた。
今までのことを佳奈がすべて仕組んでやっていたとしたら。気持ちをコントロールされているとしたら。
やっぱ、からかわれてるんじゃね?
もしそうだとしたら、佳奈に振り回されてばかりだ。
朝から散々だな、ほんと。
「はあ……」
俺は頭を抱えて溜め息をつく。そして、重い足取りで部屋を後にした。
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