第12話 むくり屋

 塗手は合同庁舎前広場に破魔娘、岩尻をおくと、急ぎ我が家に走った。

家に飛び込むと、愛犬タロが猛烈に吠えたてた。

何事と、家人、郎党、書生、女中がワラワラと出て来た。

「なに奴!」

「何者だ」

「宿なし、押し込み強盗か」

「ここを塗手家と知っての狼藉ろうぜきか」

家人たちが、一斉に塗手を取り囲んだ。

「バカ者がー」

「誰がバカじゃー」

騒ぎを聞きつけ、塗手の母と妹が駆け付けた。

「何事です」

「はっ、宿無しの押し込み強盗です」

「はあ~、塗手家に強盗に入るなんて、どんなバカかしら。見てみましょう」

塗手の母は、郎党が取り囲む強盗を見た。強盗がこちらを見た。

「あっ、母さん」

「強盗に、母さん呼ばわりされる謂れはない」

「母さん、俺だよ。金玉きんぎょくだ」

「えっ、ええっ、金玉・・・・。金玉なの・・・・。どうして、なぜ、その汚い成りはどうしたの。なぜ」

郎党たちにも衝撃がはしった。押し込み強盗と思ったのは、塗手家の旦那さまだったのだ。

「ええ~」

「だ、旦那さま・・・・」

「うそ~」

「信じらんない~」

「どうしたの兄さん。肥溜こえだめにでも落っこちたの」

塗手の妹、珠子が目を丸くして聞いてきた。

「話しは後だ。このバカ野郎どもがー、自分のご主人も分からないのかー。タロ、バカ犬め。自分の飼い主も分からんのかー」

大喝だいかつをくらって、郎党、犬が悄然しょうぜん項垂うなだれた。

「大急ぎ風呂をけ、ぬるくとも入るぞー。それから母さん、服を用意してくれ。靴、ふんどし、刀、全部だ」

「あっ、はい」

「その馬は借り物だ。ワシの馬を用意しろー。それから、珠子」

塗手は珠子の手を取り、引き寄せた。

「いや~」

「大事な用だ」

「いや~、臭い~、キタナイ~、放して~」

珠子は、両手で突っぱねた。

「総裁のご用だ。大至急、お前の一番いい、一番高い服を用意してくれ」

塗手が手を放すと、珠子は走り去った。


 塗手が大急ぎ庁舎前広場へ戻ると、破魔娘が居ない。谷尻も居ない。

「子供じゃあるまいし、何処へいった」

広場を見渡すが、二人は居なかった。

庁舎前の警備員に聞いてみた。

「あっ、塗手隊長。あ~、あのキタナイ女なら、連れて行かれましたよ。あれは、多分『むくり屋』ですね」

「バカ野郎―!」

塗手は怒声を発すると、馬に飛び乗り走り去った。

警備員は訳が分からず、呆然としていた。


「むくり屋―!。居るかー」

塗手が、むくり屋の玄関先で怒声を発した。

「これは、これは、塗手の旦那さま。毎度ありがとうございます」

塗手はズカズカと上がった。

「旦那さま、お靴を」

「急ぐ」

「へっ、これ~塗手の旦那さまだ~。急ぎご案内~。旦那さま、上玉が居ますぜ~」

ワラワラと使用人どもが出て来た。塗手はズンズン進む。と、衝立ついたての前で、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

「姫さま、似合ってる。美しいわあ~」

「谷尻も似合ってる。とてもセクシーよ。これじゃ、殿方が放っとかないわ~」

「おほほほ」

「あははは」

二人は手鏡でお互いを見せあっていた。塗手が顔を見せた。

「あっ、塗手さん」

「へっ、お知り合いで、旦那もスミに置けませんな~」

「破魔娘さん、何という格好してるのですか」

破魔娘は太ももの付け根が見えそうなくらいスリットの入った、胸元がえぐれ乳が見えそうなドレスを着て、短い髪にどう取り付けたか知らないが、キラキラ光る飾り物を付けていた。谷尻もむっちりした太ももも露わに、尻の谷が見えそうくらい背のえぐれた、胸も乳がとびだしそうなドレスで、頭に飾り物を乗せていた。

「むくり屋―!」

「へっ」

「このお方を何と心得るー。このお方はな、女御国、満地家の姫君、女御国次長、女御国軍司令官兼女御軍第一隊長、満地破魔娘さまなるぞー」

「へっ」

「頭が高い。控えおろうー」

「へへー」

むくり屋は、仰天し這いつくばった。

「満地家の姫君を女郎にしようなんてとんでもないことを、女御国と戦争になるぞー。お前は打ち首獄門だー」

「あわわ~、へへー、知らないとはいえお許しを~」

「姫は、これから総裁との会見がある。急ぎ馬車を用意しろ」

「へへー、ただちに」

バタバタと使用人が走った。


 「あの女、いや、あのお方が女御国の姫君とは・・・・」

「ムリもないですよ。キタナイし、臭いし、どう見ても宿無し浮浪者でしたよ」

「うむ・・・・」

むくり屋は腕を組んだ。

「おっ、こうしちゃおれん。田代、塗手家に付け届けだ。何でもいい。金に糸目を付けなくていい。理由は帰還祝いとか何でもいい。大至急だ。行け」

「はい。直ちに」


「奥さま、むくり屋から付け届けです。何でもご帰還祝いだとか」

「え~」

玄関に出てみると、大きな箱が置いてある。

「何~」

珠子も出て来た。

「むくり屋から付け届けだって、帰還祝いだって」

「え~、あの足でむくり屋に行ったの」

「そうらしいわ」

「え~イヤラシイ~。肥溜めに落っこちて帰って来たと思ったら、速攻でむくり屋へ。イヤラシイ、飢えたオオカミじゃあるまいし。私、恥ずかしくて町も歩けないわ~」

「まあまあ、男なんて、そんなものよ」


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