第11話 渡海船

「この苦戸にがと川沿いに下ると、入江に渡海船があったはずじゃ。案内しよう」

「でも、その足じゃ」

「ワシが背負って行こう」

塗手が申し出た。

凄惨の死に損いフツも「ワシも渡海船に乗りたい」と言ってきた。

フツは、谷尻が背負うことになった。


 一行は、苦戸川沿いの道を下って行った。

「すまんのう」

「いえ、いいのですよ。お礼が言いたいのはむしろ私たちの方だわ」

ヌシもフツも想像以上に軽かった。まるで、ミイラを背負っているようなと谷尻は思った。

「まるで、お母さんの背に居るような」

フツが「うさぎ追いしかの山~小ぶな釣りしかの川~」と誰もが知る歌を口ずさんだ。ゆっくりと歩く皆が唱和した。

どこに、こんな水分があったのだろうと思われるほど、谷尻の背が濡れていた。

「フツさん、亡くなったみたいよ」

「そう」

「幸せな最期じゃな」

ヌシと塗手、破魔娘が手を合わせた。谷尻も立ち止まり片手で拝んだ。

「捨て置いても、構わんよ」

「いえ、これも何かのえにし、渡海船に乗りたいと言っていたのですから、渡海船までお運びします」


 ついに、入江にたどり着いた。

「おお~」

「まあ」

「う~む、これが渡海船」

渡海船は想像以上のボロ船だった。浮かんでいるのが不思議なくらい、いつ沈んでも不思議でないくらいのボロボロだった。

「う~ん、ワシらの格好かっこう相応ふさわしい船だな」

「これが渡海船じゃ。阿弥陀あみださまが住まうという西方さいほう浄土じょうどに向けて漕ぎ出すのじゃ。そのうち、海に漂う渡海船をどこかの船が発見する。発見した船は、中の遺体を確認したなら遺体を海中に没し、渡海船を元の入江まで曳航えいこうするのが決まりじゃ。次の乗船希望者のためにね」

渡海船は、入江を出て沖へと向かった。万が一、笠原の船が見咎みとがめたられたら、破魔娘たちは船倉の下に隠れて上にヌシとフツの死体を置くこととした。

「この先に行けば、陸側に三角の山が見える。その三角の山の正面に行けば、漁船の航路に当たるはずじゃ」

はたして、遥か遠くに船の帆が見えた。こちらへと近づいて来る。

塗手が望遠鏡で見る。

「漁船らしい」

「うん」

「谷尻さん、手鏡を貸してくれ」

塗手が、漁船の近づくのを待って合図を送った。

漁船は訝(いぶか)りながらも、恐る恐るといった感じで近づいて来た。


 

「どうしたのじゃ~。渡海船が何の用じゃ。見ればまだ、生き人がいるようじゃが」

「このお方は、満地家の姫君、満地破魔娘さまです。お願いがあるのですが」

「え~」

「ウソだ~」

「この汚い人が満地家の姫さま~。ウソだ~」

「そんな人が、なぜ渡海船なんかに」

「本当です。あなた方、笠原教国のこと聞いているでしょう。姫さまは、今、笠原兵から逃走中です。この成りは敵を欺くための変装です」

「う~ん、そうなの~」

漁船員は、お互いを見やった。

「私は、満地家の娘、破魔娘です」

「へっ」

「皆さま方、満地家の姫君の前ですぞ。が高い~」

「はは~」

漁船員は、一斉に膝を付いた。

「頼みがあります。私を羅漢国まで連れていって下さい。羅漢国の手を借りて、憎っくき笠原をやっつけたいと思っています」

「そりゃ、まあ、姫さまの頼みとあらば」

「俺も、笠原には頭に来てんだ。奴ら、好き放題やりやがって」

「もう、酷いもんじゃ。滅茶苦茶だよ」

「奴らは強盗だ。金目の物を全部取って行きやがる」

「平気で人を殺すし」

「方々で暴動が起こっているんだ」

「教祖さまのありがたい教えという紙をもらったけど、やってることは悪党そのものだよ」

「俺らは、これでも女御国の漁師の端くれだ。女御国のため、女御国の姫さまのためなら、何でもやりましょう」

船員たちは、口々に不満を吐き出した。

「承知しました。皆もそう言ってます。引き受けましょう」

船長らしき者が、皆を代表して言った。

「ありがとう。感謝します」


 一行は羅漢国のともの港まで、送ってもらうこととなった。

ヌシは渡海船に残ると言ったが、破魔娘が懇願する形で羅漢国まで同乗し、帰りの漁船で元の住居まで戻るとなった。

「ヌシさん、他に望みはないですか」

「そうじゃな、死の谷の木鐸ぼくたくの所に姫さまの銅像を立ててもらえんかな。西を指さす銅像じゃ」

「私なんかで、いいのかしら」

「ぜひに・・・・」

「分かりました。笠原をやっつけたら、必ず銅像を立てます。約束します」

「おお、ありがたい・・・・。これは、皆の望みでもあるはずじゃ」


 鞆の港に着くと、塗手がどこからか馬を3匹調達してきた。

「これから、一気に羅漢国の合同庁舎のある漢の町まで走ります。夕方までには着かないと。変装はそのままで、どこに、笠原の調者がいるか分かりませんからね」

塗手はそう言うと、走り去った。

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