第10話 死の谷 2

 うとうととまどろんでいると、カン、カン、カンと木鐸の音がしてきた。

と、ヌシが急いで入って来た。

「まずい。笠原兵が来た。姫たちは何があっても、出てはなりませんぞ」

ヌシは、そう注意をするとそろ~と引き返し、岩陰から広場をうかがった。破魔娘たちも、後に続き広場を見た。

木鐸の前には数名の笠原兵が居た。1名は指揮官らしく、馬を引き連れている。他9名は徒士らしい。木鐸前には例のごとく、ゆらりゆらりと幽鬼のごとく住人たちが集まって来た。

頃合いを見て、兵士3名がそれぞれ3枚の紙を広げた。

説明役の兵が棒で指し、説明を始めた。

「このような者を見かけなかったか。一人はイカツイ感じの中年の男。一人は太ったオバさん」

「太ったオバさんだって」

「人を見る目がないわ。失礼しちゃう」

「一人は二十歳はたちくらいの女」

笠原兵が破魔娘の似顔絵を指した。

「二十歳だって」

「人を見る目がないわ」

「しっ、静かに」


 住人の一人が、いきなり説明役の腹を棒で突いてきた。

「なっ、何をする!」

襲った住人には、奇妙な笑顔が張り付いていた。住人は笑顔をはり付かせたまま、今度は振りかぶって襲ってきた。住人は難なく突き殺された。

見ると、笠原兵は十重二十重に住民に囲まれていた。皆が喜悦の表情を顔に浮かべている。

笠原兵にとっては、想像の埒外らちがいの状況だ。まったく非力と思える骨と皮の半病人が、我ら兵隊を襲おうとしている。

「死に損ないがー。殺されたいのかー」

「フォフォフォフォ」

「くたばれー」

笠原兵は恐慌をきたしていた。まったく死を恐れない。むしろ死にたがっているようにもみえる。そんな集団は見たことが無い。死さえも恐れぬ笠原の団扇太鼓、法華経お題目隊でも、襲われると悲鳴を上げて逃げ回る。それが、人間本来の姿だ。その常識が、通用しない異様な集団なのだ。

乱戦となった。乱戦というより、屠殺とさつに近かった。それでも、住民側は一人が絶命寸前に笠原兵にしがみつき倒れると、折り重なるように住民が被さってきた。一人はどこにそんな力があったのかと思わせる程の大きい石を持ち上げ、そのまま笠原兵の頭めがけて倒れこんだ。

「ギャー!」と悲鳴が上がる。

その時点で、上空では大勢のハゲタカが『ギャーギャー』と鳴きながら旋回していた。いつの間にか遠巻きにして、カラスの真っ黒い集団も『カアカア』と騒ぎだした。

一人、二人と笠原兵が捕まっていると、一羽のハゲタカが騒動の端にあった死体の側に降り立った。衣類を切り裂き、腹を切り裂くと内臓に食らいついた。内臓こそが、最高のごちそうなのだ。

すぐに二羽、三羽と降り立ち転がる死体に群がった。鳥どもの振る舞い、傍若無人は留まるところを知らず、腸が引きずり出され、カラスも加わり、側で人間どもが相争っていても構わず夢中になって湯気の立つ死体の腹腔に頭を突っ込んでいた。

このおどろおどろしい光景に恐れをなし、逃げようとする笠原兵だが足がすくんで思うように動かない。そこへうように近づいた住民が足にしがみついた。笠原兵は寄ってたかって住民たちに潰された。

もはや、立場が完全に逆転していた。死に損ないの住民が屈強とも思える笠原兵を追い詰めている。

ついに、残りの笠原兵は逃げ出した。馬は動物的カンが働いたのか、凄惨が始まった直後にすでに逃げ出していた。

死体には黒山となって、ハゲタカとカラスが『ガアガア』と群がっていた。


 地獄のようなおぞましい凄惨な状況を目の前にして、破魔娘は言葉を失っていた。

動こうとする破魔娘をヌシは止めた。

「止めなさい」

「でも・・・・」

「彼らを見たでしょう。彼らは死に所を見つけたのじゃ。憎っくき笠原に一矢いっしむくいてやろう。自分にムリでも仲間がいる。自分をはぐくんだ故郷、女御国のため、敬愛する姫君のためならこの生い先短い命、病魔で苦しむ命、何で惜しかろう。むしろ、これは天啓というものじゃ。ワシも、あそこに加わりたい」

「だめっ!」

破魔娘が、ヌシを引き留めた。

「あなたまで死んじゃだめ」



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