第9話 死の谷 1

 3人の山野行は続き、連続して続く山なみの中腹を歩いていた。いつもは、何やかやと話す破魔娘と岩尻も、黙々と無言で足を運んでいる。

やがて、山と山の境を貫くくねくねと曲がった細い道に出た。その道を登り峠へと出た。

眼下に白っぽく遠く見える道が、岩場へと続いていた。

道のへりに『死の谷入口』との小さい標識があった。

「死の谷」

「谷尻は知っているの」

「話しには聞いています。余命幾ばくも無い人たちが、暮らしている場所、死の谷、呪われた土地」

「ひょっとして、姥捨うばすてて山」

「そう言う人もいます」

3人はフラフラと吸い寄せられるように、道を下って行った。

地質か何かの関係か、石がゴロゴロ転がり草木一本見当たらない広場に出た。見ると簡単な雨よけらしい屋根が付いた木鐸ぼくたくがぶら下がっていた。

『ボク、ボク、ボク、ボク』

「あっ」という間、止める間もなく破魔娘が木鐸を叩いていた。

「何をするんだ!」

案の定、何者かが動く気配があった。それは、動きが緩慢でほとんどの者が杖をついていた。まるで、地から湧き出した幽鬼かのように次々と現れた。衣服はボロボロで、毛布状の物をまとっている者が多い。それらが近づくと耐え難い臭気が漂ってきた。

「どなたですかな」

その中の一人が尋ねた。

「私は満地破魔娘。訳あって笠原浄光兵から追われています。今、逃走中です」

「満地・・・・破魔娘・・・・あっ、満地家の姫さま」

「おお」

「何と・・・・」

「満地家の姫さま」

広場に異様などよめきが走った。

「その汚いなりは、いや、汚れた、いや、変わった服装は、どうなさったのじゃ」

「ふふ、凄いでしょう。これ変装。牛のクソを塗ってあるのよ」

「ほほう~」

皆一斉に、感心したように頷いた。

「笠原のことは聞いております。卑怯な手を使って、女御国に攻め込んだとか」

「うん、そうなの。笠原は前から用意周到な準備をしていて、私たちは平和ボケでやられちゃったわ。これからは、羅漢国と組んで笠原をやっつけるつもり。その途中」

「ほほう~」

「それにしても、ここの環境はあまりに良くない。ひどいわ。行政に携わっている人間として、知らなかったとはいえお詫びします。申し訳ありませんでした」

破魔娘は頭を下げた。

「申し訳ございません」

岩尻、塗手もならって、頭を下げた。

「いや、いや、そんな~。確かに酷い所と見えるかも知れませんが、皆、死にぞこないばかりです。それに見合った所ですじゃ。それより、逃走中とのこと、お疲れでしょうに。私の所で休んで下さい。食事も用意しましょう」

「そんな~、悪いわ~」

「何を言いなさる。女御国の姫君が来られたのじゃ。こんな嬉しいことはない。これで、冥土めいど土産みやげができた。ワシら全力で応援しますじゃ。大船に乗ったつもりで安心なされよ」

「死に損ないの大船じゃな~」

心許こころもとない」

「泥船だよ」

「フォフォフォ」と皆が不気味に笑った。久しぶりの笑いらしく、顔が歪み泣き顔に近い者も多かった。骨ばった手を合わせ合掌がっしょうする者もいた。

「さっ、案内しますじゃ」

「うん、ありがとう。頼みます」

案内されたのは、岩をくり抜いた洞窟だった。


 久しぶりの普通の食事だった。普通というより、病人食で柔らかくふやけた感じの物だったが、携帯食ばかりだった破魔娘たちには十分に美味しいごちそうだった。

「ごちそうさま。美味しかったわ」

「それは良かった」

「名前を聞いてなかったわね」

「ここでは名前など無意味じゃ、ワシはここではヌシと呼ばれている」

「ヌシさん、ありがとう。やっと、人心地がついたわ」

「お痛わしや。大変な思いをなさったのじゃな。さっ、ゆっくり休みなされ。今お茶をお持ちしますで」

「ありがとう」

ヌシはお茶を用意すると、ひっそりと出て行った。


「さっき、広場での匂い凄かったわね」

「岩尻、そんなこと言うもんじゃないわ」

「半分、人間が腐ったような匂いだった」

塗手も同じ思いだ。

「牛糞が香ばしく思えてよ」

「まあ、姫さま。そんなものに馴染んではいけません」

「あははは」

「おほほほ」


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