第7話 牛糞


 一行は急峻な山裾からなだらかな丘陵地帯へと出た。道路も広くなり、遠くに牛が草をむ牛舎も見えた。

「いったん、ここで休憩しよう。交代で見張りに付き、休もう。今夜から夜間行となる」

「どうして」

「ここら辺は人の目が多い。昼動くと目に付き易いからな。それに、なだらかな山なら危険も少ない。月明りもあるしね」

「了解」


 一行は夜になって牛舎へ忍び込んだ。牛舎には乳牛が、寝そべって居た。

塗手が寝そべる乳牛の乳房を揉み、乳首に吸い付いた。「あっ!」何というハレンチなと思う破魔娘に、『飲め』という仕草をしている。

「新鮮な生の乳だ。旨いぞ~」

破魔娘が躊躇ためらっていると、突然目の前の牛が「ブモ~」と鳴いて立ち上がった。

驚き慌てながらも、耳を澄ます。家人が、起き出す気配は無かった。時々、夜中に牛が鳴くことはあるのだろう。塗手が目で促す。破魔娘は目で谷尻に促した。谷尻は観念したように、乳首に吸い付いた。破魔娘もその隣の乳首に吸い付く。温かい乳が喉を通る。懐かしいような、恥ずかしいような、罪を犯している後ろめたさのような不思議な味だ。

それにしても、何かコソコソとこそ泥みたいな気分だ。

塗手たちは乳を飲み終え、コソコソと何かしている。完全にこそ泥だ。

「引き上げるぞ」

塗手たちは、ざるに何か盛っていた。『牛のエサでも、食わせるつもりだろうか。牛が食えるなら人間も食えるはずだ。同じ動物だからな』とでも言うのだろうか。


 再び山野行に移り、道路から死角になる所で休憩となった。

「何を盗んできたの。牛のエサ?。私たちに食わせるつもり」

「牛のエサ?。牛のエサは食えんだろ。わらきざんだやつだよ。腹をくだすよ」

「エサじゃないの。じゃあ、何を盗んできたの」

「これ」

塗手はねっとりした物を、すくってみせた。

「ん・・・・あわっ、これ牛のクソじゃないの。こんな物、食えというの」

「ああん、別に食ってもいいけど~。破魔娘さんはゲテ物食いなのかな」

「バ、バカにしないで、そんなの食うわけないじゃないの」

「うん、マジメな話。牛糞ぎゅうふんパック」

「牛糞パック」

「そう、牛糞パック。笠原兵は、いずれ犬での追跡を始めるだろう。ワシが笠原兵なら、すぐ始める。そこでだ、牛糞を全身に塗りたくれば人間の匂いは消える。犬も牛の匂いは追跡の対象外のはずさ」

「え~、牛のクソを塗るの~。何かヤダな~」

「牛糞パックすると、お肌がしっとり潤い、すべすべになるよ~」

「そう・・・・なの・・・・」

「ホントですか」

牛糞を塗りたくっていた沼地が、塗手に聞いた。

「しっ、知らんよ」

破魔娘は山盛りの牛糞を見つめた。岩尻の顔を見つめた。

「更年期、お肌がカサカサ、乾燥気味」

「もう、お肌の曲がり角のお年頃よ」

破魔娘は意を決したように、牛糞を顔に塗った。岩尻も、それにならった。全身にも塗りたくる。

「靴の底にも、塗ってな」

「・・・・・」

異様な風貌となった。岩尻が手鏡を取った。

「姫さま、凄い!」

「岩尻も凄いわ~。怪物みたい」

「おほほほ」

「あははは」

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