第6話 逃避行


 破魔娘たちの道行は最小の人数、破魔娘、侍女頭の谷尻たにしり とも、塗手、沼地の4人。

阿郷は説明と報告をすべく、先に羅漢国目指し単独での帰還行動中だ。

「道という道は、笠原軍の監視下にあると思っていい。従い、行くのは山、基本的に夜の走破となる。地図を見せてくれ」

4人は地図に見入った。

「笠原軍は女御国、羅漢国の国境付近を重点的に監視するだろう。ワシら反対方向に行こう。この山をぐるりと迂回すれば遠回りだが、より安全だ」

「了解」

「目指すは女御湾の海。海に出たら、船を調達して一気に羅漢国まで走る」

「うん」


 山行道行は想像以上の難行だった。慣れないせいもあり、全くの地理の不案内もあり、基本傾斜地だから、体力の消耗が激しかった。

「休憩しよう」

「そうしましょう」

4人はドッと、倒れるように座り込んだ。と、谷尻が破魔娘のキャップを取り、長い髪を櫛けずり始めた。それを塗手が見ていた。

「ああん、破魔娘さん。その髪、切ってしまおうよ」

「ええっ!」

声をあげたのは、谷尻だった。

「私の仕事が無くなちゃう」

「何を言ってるんだ。岩尻さん」

「岩尻さん、ボケかましてる場合ですか」

「谷尻、お願い。ざっくり、やって」

破魔娘が短刀を渡した。


 不思議な髪型が出現した。長い髪をつまんでは切り、つまんでは切りししていると、不揃いの坊主頭のようになり、おでこも顕わになった。

「谷尻も切ってあげるわね」

谷尻の髪も、切って捨てられた。

「どう」

「う~ん」

差し出された手鏡に、谷尻は微妙な反応。代わりに差し出された手鏡に破魔娘は「うふふふ」と笑った。

「破魔娘さま、お綺麗ですよ。似合っている」

「谷尻も綺麗よ。似合ってる。若返ったみたい」

「おほほほ」

「はははは」

「どう、似合ってる」

破魔娘が塗手の肩に手をやると、塗手がクルリと振り向いた。その顔が、真っ黒だった。

「ど、どうしたの」

「カムフラージュ」

塗手が、靴墨みたいな物を差し出した。塗れということか。何か、美的感覚に合わないような。破魔娘は靴墨を指に取り、塗ってみた。谷尻の顔に。

「ふふふふ」

何か、いたずらをしているようで楽しい。

谷尻も破魔娘の顔に墨を塗った。二人で墨を塗り合い、真っ黒になった顔を手鏡でみせあった。まったく、別人のようだ。

「あははは」

「おほほほ」


 一行は道に沿うように、昼に山を移動していた。夜は何があるか分からず、昼よりはるかに危険だからだ。一行は道から遠くなったり、近づいたりしての山野行だ。道には人が歩いていたり、馬車が移動したり、時には笠原兵らしき騎馬が疾駆するのも一行は目撃していた。

「今日は何日かしら」

「あの日が4月3日、あれから2昼夜、4月6日だ」

「まだ3日なんだ。もう一週間ぐらい経った気がする」

「何言ってるんですか。女御海ははるか先ですよ」

「もう、姫さまは飽きっぽいのだから~」

「あん、それじゃ姫さまに任務を与えよう。あそこに、枯れた茎があるだろ。そこを掘りなさい。ユリ根がある。焼いて食うと旨いんだ」

「へ~、そうなの。了解」

破魔娘はガシガシと茎跡を掘ると、大きなユリ根が出て来た。見ると、枯れた茎があちこちにある。三人は夢中で堀り採った。それを谷尻が回収する。

「いっぱい採れたね」

「乾物ばかりの食料だったからね。昼飯が楽しみだ」


 しばらく歩くと、一面に白い小さな可憐な花が咲く群落があった。

「きれいね。何の花?」

「アズマイチゲ。やっ、カタクリがある」

アズマイチゲの先の斜面に、紅紫色の六花弁の美しい花が咲いていた。

「これ、惣菜にしよう。旨いよ~」

「このきれいな花を、むしり取ったちゃうの~」

「色気より食い気だ」

塗手はカタクリを引き抜いた。

「この茎の下に、ラッキョウみたいな球根がある。それをすり潰して、料理で使う片栗粉が出来るんだ。あん、このカタクリはね、種がこぼれて最初は一枚葉が出て、春先にね。木々が葉を茂らせる頃は枯れてしまう。それを繰り返すこと8年ぐらい。2枚葉が出て花が咲く。

貴重な花なんだ。乱獲はイケナイけど、今は背に腹は代えられない。ありがたくいただこう」

「ふ~ん、そうなの~」

塗手の解説に感心して聞く破魔娘に谷尻、今は逃走中一刻も早く脱出しなければ。で、のんびりと自然観察会じゃないのだが・・・・。

何か、マジメなのか不マジメなのか、沼地には良く分からなくなっていた。

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