第5話 時限爆弾

 4月3日、未明、予想通り、笠原軍は満の町を少し出た所で陣を敷いていた。すでに、決戦の準備を終え整然と並んでいた。

その笠原の陣に女御国騎兵10名+羅漢兵塗手と沼地の2名がゆっくりと近づいてきた。

と、突然、騎馬隊は笠原の陣に突っ込んできた。最前線の団扇太鼓のお題目隊は大混乱を呈し、右往左往するばかり。団扇太鼓では武器にはならず、騎馬兵の槍に突き殺され馬蹄に蹴散らされ逃げ惑うばかりだった。

騎馬隊は難なくお題目隊を突破、その後ろに控えた槍隊に突入した。槍隊も大混乱を呈した。

何の心の準備も無く、血煙を上げて突進してくる黒い塊りは魔神のようだ。多くの者が恐怖に駆られ、我先に逃げ出そうとしていた。

騎馬隊は、そんな笠原兵を蹂躙じゅうりんした。これは、もはや戦闘ではなく屠殺に近かった。

蹂躙を尽くすと騎馬隊は笠原陣の手前まで退却し集結した。


 騎馬隊の眼前には、血だまりに倒れ伏すしかばね、呻きを上げる負傷兵が累々と横たわる凄惨な光景があった。

「さあ、笠原ども、追撃して来い」

「まだ、混乱してるようですね」

「うむ、ではもう一撃行こう。相手に、血を頭にのぼらせるのだ。いくぞー」

「おうー!」

再び、騎馬隊が突入した。

さすがにこれはではイケナイと笠原軍も槍隊、弓矢隊、騎馬隊などが集結し迎撃戦となるはずだった。しかし、少人数の敵に一気に大人数の味方が集結し、大混乱を呈しただけで味方同士が干渉しあっている。槍隊は弓隊の邪魔をし、弓隊は騎馬隊の邪魔をしているうちに、女御軍騎馬隊の蹂躙を許し、悠々と逃走させてしまった。

女御騎馬隊は、再び笠原軍の前に集結した。笠原軍の混乱は徐々に収まりを見せ、元の体勢へと戻りつつあった。

「おかしい。追撃して来ない」

「普通は私ら少人数と見て、追撃しないまでも押し包んで攻撃しようとしますよね」

そうこうする内、指揮官らしき者が騎馬で最前列に出て来た。ジッとこちらを見ている。

不気味でもある。

「これは・・・・まずい。あの指揮官、非常に優秀なのか、それとも我らの計画が漏れているのか」

「えっ、そんなはずは・・・・」

「退却しよう。あの陣屋まで」

女御騎馬隊が退却しても、笠原軍は隊形を保ったまま動かなかった。


「伝令、黒の狼煙を上げろ」

「皆を集めろ」

そこに居た者たちが集まってきた。

「作戦は失敗だ。私たちの計画が漏れていたらしい」

「え~」「そんな~」「誰が~」驚きの声が上がった。

「隊長、笠原軍に動きが・・・・・」

「ん~」

「何~」

塗手と破魔娘が、同時に振り向いた。

「何事?」

見ると、笠原陣の馬上の司令官の前に女が引き据えられていた。

「あれは、浜口じゃないか」

「あれは、元、私の養育係。今は6番隊、隊長。信じられない。まさか・・・・」

「あっ!」

司令官の刀が、浜口雅子の首に突き刺さった。雅子は崩れ落ちた。

「もう、用済みということか」

「信じられない。子供の頃から世話してもらった。迷子になった時はいち早く見つけたくれた。狼に襲われたときは、身を呈して守ってくれた。命の恩人なのよ。なぜ・・・・」

「笠原教の信者だったのだろう。普段は深層心理の奥底に信心は隠されていて、何らかキーワードで本来の信者に戻る。いわば、人間の時限爆弾だ」

「そんな~」

「もし、笠原の侵攻が無かったら、破魔娘さんのそばで一生幸せに暮らしたんじゃないかな」

「浜口は独身だったよね」

「おそらく、自分が時限爆弾との自覚がどこかにあったんだよ。家族、夫、子供がいたら類が及ぶ。独り身なら、罪は自分一人だ」

「そんな、女の幸せを台無しにするほど笠原の教えには価値があるというの」

「う~む、幼い頃に刷り込まれた教えは、死ぬまで消えないのだろう」


 その時、ドンドコドンドコと団扇太鼓の音がして、『南妙法蓮華経』のお題目が聞こえてきた。見ると、整然と隊列を組んで笠原軍が行進して来る。

「いけない、退却。第2隊と合流」

陣屋前で整理作業をしていた第1隊の残りの隊員は、急ぎ第2隊の拠点に走った。


 第2隊も、混乱の最中にあった。

「あっ、破魔娘さま」

「ああ、佐伯さえきさん。伝令を集めてくれないか」

「はい。直ちに」

伝令が集まると破魔娘は「各自、本地、本業にかえり、時を待て」と指示を伝えた。

佐伯が各隊の伝令を割り振ると、破魔娘のところに戻った。

「浜口雅子のこと聞きました」

「うん」

「信じられません」

「うん」

その時、お題目と団扇太鼓の音が止み『エイエイオー』とのときの声が聞こえてきた。

「笠原は用意周到の準備をしていた。20年も前からだ。私たちは負けて当然だ。平和に慣れ過ぎていたんだね」

「これから、どうするのですか」

「羅漢国に行って、支援を要請する。羅漢国総裁は笠原軍を敵と認識していても、正式な支援要請なしに女御国へ勝手に入ることは出来ないと言っているそうだ。勝手に女御国に入るということは、つまり笠原と同じだというんだ。そこで、私は羅漢国に行って正式に支援を要請してくる」

「そう・・・・でも、もう、きびしい掃討戦が始まるはずですよ。大丈夫ですか」

「うん、大丈夫だろ」

破魔娘はヘラヘラと笑った。破魔娘は時に突拍子もない行動や表情を見せる事がある。

この厳しい難局にヘラヘラ笑ったり、誘導隊に参加したり、ふんどしで相撲の勝負したり。本心は良く分からないが、それにしても佐伯には信じがたい行動ばかりだ。

「成功を、お祈り申し上げます」

「うん」


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