循環

宇佐見凪

循環

 ぼくの意識を目覚めさせたのは、体をじりじりと照らすような鋭い暑さと、同時に感じる何やら冷たい、されど大きくて居心地のいい感覚だった。上下が引っ付いたかたい瞼をこじ開けようと頑張っていると、体の半分を占めていた暑さがだんだん全体に広がってきて、目覚めかけた意識がまた上へと浮いていくのを感じた。心身のつながりがばらばらに離れていくような感じに襲われ、どこか不気味に思う。でも、そのばらばらになったぼくの全部を周囲を包み込むような暑さ、いや、あたたかさと、遠のく意識に身を任せ、ぼくはまた眠りについた。その直前に、なんだか白い光に体を輝かせながら、宙へ浮いていく仲間たちを見た……気がする。

 再び目覚めたとき、真っ先にぼくの視界を奪ったのは、そこいら中を駆け回る仲間たちの姿だった。ぼんやりした意識はまたたく間に冷えて冴えわたり、その無邪気にはしゃぎ散らす笑顔を認識する。いつの間にこんな所へ来たんだろう……。そう思考を巡らすより前に、体がむずむずして、その狂気とも鬱憤ともとれるもやもやを晴らしたくなった。仲間たちと辺りを駆け回って、そのもやもやを吹き飛ばそうとするけれど、一向に消える気配はなく。それどころか、なんだか心だけじゃなくて周囲ももやもやしてきた……みたいな?訳の分からない感情と環境に身をゆだねていたら、急に仲間たちがその集団を二分割した。いや、自分からやったんじゃない。突然ぼくの周囲全体をかっさらっていく、とてつもない力が働いて、ぼくたちはぐいぐいと引っぱられてどこかへ連れて行かれた。ぐるぐる体を回転させながら、仲間たちは口々に「やばい!」とか「はやく、はやく!」とか叫んでいた……ように思う。実際は、そのあまりの轟音に、何にも聞こえなかったんだけどね。そうして彼らはつぎつぎに互いの手を取って、その瞬間、下へ――落ちた。何が起こっているのかよく分からないまま、その無防備に落下する姿を眺めていると、どんどん周りの仲間の数が減っていった。そして、残っていたうちの一人がぼくに向かって、「はやく、手つかんで!」と叫んだから、慌ててその手をがしっとつかむ。次の瞬間、その手に思いきり引っ張られるようにして、ぼくも真下へ、先の見えない奈落へ落下した。

 そこからどれくらい時間がたったのかよく分からない。落ちている途中、以前みたいに体の周りが熱くなってきた感じがしたけど、意識は不思議と冴えたままだった。それから、手をつないでいた仲間の一人が、ぎゅうってぼくのほうに体を寄せてきた。怖いんだか何だかわからないけど、ちょっとかわいいな。そう思った。

 直後、ぱんっ、ていうものすごい破裂音と共に、体中を鋭い衝撃が襲った。その衝撃でつないでいた手はいとも簡単に引き離され、ばらばらの方向にはじき出されたぼくたちは離ればなれになってしまう。何が起こったのかもよく分からないうちに、また体に軽い衝撃が走って、そのあと全く静かになった。周りを見てみると、黒っぽいふわふわしたものが、ぼくの下に広がっている。これ、何だろ……、と思う間もなく、その広大な黒の中へ、まるですうーっと引き込まれるように入っていった。そのあとは、意識は冴えていたものの、周りが真っ暗闇だったから、何もわからない状態が続いた。ただ、体がどこかへ動いているのは分かったから、自然に行き着く先に身をゆだねることにした。

 突如、目の前がぱあっと明るくなり、その日の光に思わず眼を瞑る。でも、その感慨に浸っている間もなくぼくの体は次なる場所へと運ばれていった。このころになるともう慣れっこで、ぼくはなんて忙しいんだろうなあ、なんて悠長に考えて流れに身を任せながら辺りを見てみると、なんとそこには仲間たちがたくさんいた。数多の仲間たちで構成され、ひとつの大きな流れとなった中では、個々の姿はなんだかぼやけてよく見えない。仲間をよく見ようと目を凝らしていると、不思議と意識が前みたいにぼんやりしてきた。こうなるとぼくは全てを投げ出してもその眠気にまけてしまうようで、だんだんと視界が狭まってくる。と、次の瞬間だった。冷たくて、されど大きくて居心地のいい広大な何かに接続されたような、本能的な感覚をおぼえた。そして、その故郷のような温かさ、いや冷たさに懐かしさを感じていると、上の方からぽつ、ぽつと音がした。見ると、ぼくのちょっと上に、仲間たちが落ちてきていた。その広大な故郷に触れた瞬間、彼らはその一部となって、その度に綺麗な模様が頭上に描かれていく。それを見て、ああ、結局再会できたんだね、って思った。ぼくらは、果てしない旅の末に、またここへ戻ってくる運命なんだ。いや、それは運命じゃなくて、必然のことなのかな。薄れゆく意識の中で、ぼくはまたこの終わりなき循環の旅を始める未来を予期した。そして、再び目覚めるときに備え、今はこの故郷で深い眠りにつくことを決めた。

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循環 宇佐見凪 @usaming

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