第12話(3)三人の隊長

                  ♢


「一体を確実に撃破か……ふっ、これはまた舐められたものだね」


 水仙が笑う。


「いやいや、ちゃんと敬意をはらっていますよ?」


 夜塚がわざとらしく両手を広げる。


「へえ、本当かね……?」


 水仙が首を傾げる。


「本当ですって」


「……」


「………」


「…………」


「……………」


「いいや、嘘だね」


「う、嘘って、どこがですか?」


「……顔」


「か、顔⁉」


 夜塚が驚く。


「そう」


 水仙が首を縦に振る。


「このイケメンフェイスをつかまえて?」


 夜塚が顎に手を添える。


「イケメンかどうかはともかくとして……」


「ともかくとして?」


「……胡散臭い」


「う、胡散臭い⁉」


 夜塚が再び驚く。


「それは確かに……」


「よく分かります……」


 三丸と深海がうんうんと頷く。夜塚が声を上げる。


「い、いや、二人ともそこで同意しないでよ!」


「さすがに長い付き合いだ……よく分かっているね……」


 水仙が笑みを浮かべる。


「だ、大体ですね!」


「うん?」


「我々を裏切った人に胡散臭いとか言われたくないんですけど⁉」


 夜塚が水仙をビシっと指差す。


「……別に裏切ったつもりはないよ」


「はあ?」


「そうだな、気が付いたんだよ……」


「気が付いた?」


「ああ、あの『ゲート』が持つ無限の可能性にさ……」


 水仙が空中にある黒く大きい穴、ゲートを指し示す。


「無限の可能性?」


 夜塚が首を傾げる。


「能天気な梅太郎と脳筋の松は置いておいて……」


「誰が脳筋だ」


「梅太郎って言うのやめてください」


「破竹はそれなりに考えたことがあるんじゃないの?」


「……まあ、それなりにはですが……」


 深海が首を縦に振る。


「古代に生息した恐竜たちを彷彿とさせる『巨獣』、不思議な世界から迷い込んできた妖怪の類と思われる『妖魔』、我々の用いている機械に似ているがどこか違う、別世界から来たのではと感じさせる『悪機』……これら『イレギュラー』が出現することの意味……」


「ゲートは文字通り、あらゆる世界と繋がっている出入口……」


「そういうことだ」


 水仙が深海の言葉に頷く。夜塚が尋ねる。


「……それでどうしてこんな行動に?」


「こんなにも可能性を秘めたものを利用しない手はない……! このゲートの仕組みを解明すれば、あたしたち“選ばれしもの”は……もう一段階、いや、数段階は上のステージに上れることが出来るはずだ……! メリットしかないよ!」


「……イレギュラーが暴れまわることによって、世界中の人類や生物が危険に瀕していることについては……? メリットどころかデメリットしかないと思うのですが?」


 三丸が腕を組みながら問う。


「ふふっ、だから言っただろう? “選ばれしもの”だって……ゲートやイレギュラーと接することの出来るあたしたちだけが、そのメリットを享受出来る……」


 水仙が笑みを浮かべながら答える。深海が声を上げる。


「それで、オレたちだけでなく、未来ある若者たちもまとめて消そうというのか……!」


「文明の発展の為には多少の犠牲はつきものさ……」


「分かった、もういい……」


「?」


「水仙一子、お前はまぎれもない討伐対象だ!」


 夜塚が笑顔を消して、真顔になって水仙を指差す。


「ふっ、討伐対象か……梅太郎はどうしてなかなか勘が鋭いね……」


「だから梅太郎って言うなっての」


「さて……出来るかな?」


 水仙が右手を掲げると、巨大な影が巨大なワニの形になる。


「なっ⁉ どういうことだ⁉」


 驚いた三丸が深海に尋ねる。


「く、詳しくは分かりませんが、融合した三種の影の中で、巨大ワニの特色を色濃く出したようですね……」


「そ、そんなことが出来るのか……」


「さあ、お手並み拝見といこうか……?」


「グオオアアア……!」


 水仙が右手をゆっくりと下ろす。巨大な影が夜塚たちに迫ってくる。


「く、来る!」


「下がっていろ……!」


 ややたじろぐ深海の脇から三丸が飛び出す。


「み、三丸隊長!」


「ふん!」


「グオア⁉」


 飛び上がった三丸が巨大な影の顎の部分を豪快に蹴り飛ばす。三丸が笑みを浮かべる。


「わざわざ長い顎にしてくれてありがたいな……」


「グオオアア!」


「なっ⁉」


 巨大な影が顎を元の位置に戻す。それに当たった三丸が吹き飛ばされる。


「松っちゃん!」


「……み、三丸隊長と呼べ……」


「うん、とりあえず大丈夫そうだ!」


 夜塚が深海に向かって話す。深海が戸惑う。


「だ、大丈夫なんですかね⁉ はっ⁉」


「グオオアアア!」


「うおっ⁉」


 巨大な影が前傾姿勢になり、爪で攻撃してくる。食らった夜塚が後方に吹き飛ばされる。


「よ、夜塚隊長! むっ⁉」


「グオオアアアア!」


 巨大な影が今度は深海を攻撃してくる。


「うわあっ!」


 攻撃を受けた深海が吹き飛ばされる。


「おやおや、三人の隊長さんもどうやら大したことはないかね……」


 水仙が顎をさすりながら呟く。


「はっ、何を言ってんだか……」


「おっ?」


「これからが本番だっての……」


 立ち上がった夜塚がゆっくりと歩いてくる。


「……爪で引き裂かれた胸の辺りが随分と痛々しいのだけど?」


「これはオシャレだからご心配なく……」


 夜塚が胸の傷を抑えながら答える。


「そうか、オシャレか……あたしには理解が出来ないけれど……」


「自称“選ばれしもの”にはこのセンスは到底理解出来ないよ」


「はっ、言ってくれるじゃないか……それなら後学のために、オシャレについてもっと教えてもらおうかな……痛めつけろ」


「ググオオアアア!」


 水仙が指示を出すと、巨大な影が夜塚に迫る。


「……松ちゃん、破竹、二人とも、あれは持ってきたかな⁉」


「あ、ああ……」


「い、一応ですが……」


 夜塚の呼びかけに応じ、二人が右腕に付けたブレスレットを掲げる。


「それは結構だ!」


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


 深海が慌てる。夜塚が首を捻る。


「どうした?」


「オレたちはブレスレットへの適応が上手く行っていません……!」


「共振率は?」


「そ、それは……」


「どうなんだい?」


「……それなりに……いや、極めて高いです」


 夜塚の問いに対し、やや間を空けてから、深海が答える。


「ふふっ、昔からキツい訓練を共にしてきた成果ってやつかな?」


 夜塚が笑いながら呟く。巨大な影が吠える。


「ググオオアアアア!」


「……のんびり思い出話をしている暇は無さそうだぞ?」


 三丸が呟く。


「そのようだね……こちらもぶっちゃけ余裕は無いし、一気に決めさせてもらう!」


 夜塚が声を上げる。


「……三丸隊長! 左腕部、肘のあたりが存外脆いというデータが出ています!」


「分かった! うおおっ!」


「!」


 深海の指示を受けた三丸が飛んで、蹴りを繰り出す。巨大な影の左腕部が吹き飛ぶ。


「破竹の指示を松っちゃんが実行する……さながら『電脳筋肉』かな」


 夜塚が笑みを浮かべながら呟く。地上に着地した三丸が声をかける。


「梅太郎、畳みかけるんだろう⁉」


「だから梅太郎って言うなって! 破竹! 今度はボクとツインアタックだ!」


「ええ! はああっ!」


「‼」


 夜塚が印を結び、深海が両手を前に突き出すと、そこからビームが放たれる。ビームは巨大な影の右腕部を派手に吹き飛ばす。夜塚が思わず声を出して笑う。


「あっはっはっはっ! 陰陽の術と電脳戦を組み合わせると、ビームが飛び出すのか! これはさすがのボクも驚いたよ! さながら『陰陽電波』かな?」


「ネーミングはともかく……よく両手を前に出したな?」


「な、なんとなく……頭にそうしろって指令が来たというか……」


 三丸の問いに深海が自らの側頭部を抑えながら答える。


「ふむ……おい、行くぞ、梅太郎! うおおっ‼」


「⁉」


 夜塚が印を結ぶと、三丸の体を光が包む。三丸が拳や脚での攻撃を繰り出して、巨大な影の左脚部と尻尾の部分を切り裂いてみせる。


「松っちゃんに力を宿したんだね……『陰陽乱舞』というところかな?」


「ググオオアア……」


「ば、馬鹿な……」


 右脚でなんとか踏ん張る巨大な影の姿を見て、水仙が啞然とする。


「おっと、驚くのはまだ早いよ~♪」


 夜塚たちが左腕に付けたブレスレットを掲げてみせる。


「な、なんだと⁉ トリニティアタックはお前らには無理なのでは⁉」


「無理なんてことはない! 行くぞ! 二人とも! うおおおおっ!」


「ググオオアアア⁉」


 三丸が拳の圧力を、深海がビームを、夜塚が大きな火球をそれぞれ飛ばし、それらをうけた巨大な影が霧消する。夜塚が笑顔で呟く。


「破竹の知、松っちゃんの体、ボクの気……『知体気力』……最後にもの言うのは力さ♪」


「ネーミングセンスにはもはや何も言うまい……しかし、結論には概ね同意だ……」


「同意しちゃった……⁉」


 頷く三丸に深海が戸惑う。

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