第5話

「あれがそうか……。面倒そうな相手だな」

 旧型の商船を操る船長は、倉庫前でわずかな街頭に照らされる20人程度の人影に愚痴をこぼした。

「船長、ラッキーですぜ。赤毛の女空賊はまだ運ばれてねえ」

 見張り台に立っていたクランシーが、頭に乗って望遠鏡を手に騒ぐサルのクランクスの言葉を翻訳した。報告を聞いたトッドは心底安堵した様子で、過剰なほどに胸をなでおろしていた。やがて一息ついたトッドは船長からの指示を仰いだ。

「それで船長、作戦は?」

「作戦? そんなものはない」

 船長からの返答に衝撃を受けたトッドは思わず目を丸くし、次にかける言葉も見つからず途方に暮れた。船長はわずかな良心が傷んだのか、港付近の様子に目を光らせ作戦を立て始める。港には停泊中の船6隻が広い港に点在していたが、中でも警備の一環として倉庫付近に停泊しているのであろう、バークレー島を保有するストラベル帝国の国章を帆に刻んだ船に目を引かれた。

「クランシー、あの船に乗組員が何人残っているか調べてくれ」

「アイアイキャプテン!」

 二、三言飼い主と会話を交わした見張り役のサルは相槌を打ち、指示通り船に望遠鏡を向けた。船の甲板上には人影はないが、船室には明かりが灯っていることを飼い主に知らせると、サルはまた人影の監視を始めた。

「船長、明かりは点いているが、人影は今のところ見当たらねえ」

「わかった。そのまま監視を続けてくれ」

 船長は次に、横で固まり一言も発しないトッドに顔を向けた。顔を向けたトッドの目は、船長に期待を寄せた結果、何度も裏切られた経験から望みがないことを悟る虚ろな目をしていた。

「トッド君。今いる乗組員は全部で30人だったよな?」

「そうです、船長」トッドはぶっきらぼうに答える。

「今からこの船を軍艦に近づける。お前が指揮して、20人程度に積み荷をもたせて軍艦の中をしておけ。終わったら俺に合図を」

「了解です、船長。それで船長たちはどうするので?」

「あの女を救出してくる。バカでかい音が鳴るだろうから、それを合図に波止場に軍艦を近づけてくれ、いいな?」

「アイアイ船長」

 トッドは受令したことを簡潔に船長に伝え、すぐに行動に移していった。船員を甲板に集めるトッドの背を眼下に見下ろしながら、船長は舵を軍艦へと切った。


 軍艦の船底に隠れるように船を寄せたところ、早速鉤縄を伝って船に乗り込む船員たちの姿が目に映った。片腕に木箱を抱えながら器用にロープを登る船員たちは簡単に甲板へと姿を消していった。

 選ばれた20人が登り終えるまで5分とかからなかった。船長はまたすぐに舵を切り弧を描くように船を移動させ、倉庫と一直線になるように位置を調整した。軍艦の甲板上ではトッドらしき人影が上着を振り回している。船内の安全は確保できたようだ。

「船長。俺たちは何をすれば?」

 オーチス兄弟は残りの船員とともに銃を手にして待機していた。

「お前たちは手すりに掴まっていろ。この船を港にぶつける」

「とうとう気が狂っちまったかよ!」

 デンが兄弟の間を割って発言した。他の乗組員たちも同様に困惑している様子だった。船長は何食わぬ顔で彼らの抗議を耳にしていた。船は兵士たちが捕らえた空賊たちのことを忘れて、慌て逃げ惑う様相が鮮明に見て取れるほどすでに港に近づいていた。

「ああ、クソ! どうなっても知らねえぞ!」

 デンは悪態を吐きながら甲板の手すりを掴んだ。他の船員たちも手すりやマストにしがみついた。

 商船はそのまま港に近づき、大きな音を立てて木製の桟橋を吹き飛ばした。さらに船は波止場を進み、港と市街地を結ぶ階段に乗り上げ、船首を斜め上に向け停止した。




「あの野郎マジでやりやがった」

 デンは手すりに掴まっていたが、乗り上げた衝撃で体を甲板に叩きつけられていた。他の船員たちもゆっくりと立ち上がり、それぞれ痛めた部分を撫でたり、伸ばしたりして、痛みを和らげていた。だが幸い死者は見つからなかった。

「ああ、思ったより揺れたな。だがこれで増援は遠回りをすることになる。今のうちに目的を果たすぞ」

 船長は甲板から軽快に飛び降りて、船員たちを先導した。船員たちも続々と後に続いた。

 商船を使った突撃は兵の分散に成功し、倉庫付近には少数の兵士が倒れ、意識のある兵士は倉庫から離れた位置で腰を抜かしているか逃げ去っていた。船長はこの隙に、倉庫前に倒れている赤毛の空賊を探し出し手足を結ぶ縄をほどいた。

「どうも、アニー船長。ご機嫌麗しくお過ごしのようで」

 轟音と衝撃で目を覚ましたアニーは意識が朦朧としていたが、この男の顔を目にしたことで劇的な回復を図った。

「ルディエール、あなたよくも……」

「その節はどうも。おかげで仲間を救出できた」

 あれこれと言い争いを続けている間、アニーの船乗りたちは波止場に現れた船に乗り込み、応急手当を受けていく。アニーも言い争いを止め、船に乗り込むためたどたどしい足取りで石畳の上を歩いた。見かねた船長は彼女を抱え上げ、急ぎ足で船へと向かった。

「ちょっ、何してるのルディエール! 歩けるから余計なことしないで!」

「あんたを待ってたら日が昇っちまう。それから、ルディエールは俺の名前じゃない。俺の名はジェームズ……」

「待て、賊ども! ……お前は、」

 銃声が鳴り、アニーのすぐ横を鉛玉が掠める。背後には男が一人、長銃を手を前に向けていた。アニーを抱える男が振り返ると、銃を向ける兵士の顔は青ざめていった。

「ジェームズ・ウィリアムだ! ブラック・ウェルが現れたぞ!」

 アニーはジェームズ・ウィリアムと呼ばれた男の顔を見上げた。別名ブラック・ウェル。奴隷船リングベル号を強奪し、シンボルの描かれていない黒旗を掲げ空軍の船団30隻を相手に突破した伝説の空賊。

「船長、増援が!」

 軍艦のデッキから男が叫んでいた。船は波止場から数メートル下を浮かんでいた。

「トッド、アニーを頼む」

 ウィリアムは突然アニーを島から投げ出した。アニーは数秒間宙を舞い、やがて受け止めようと手を伸ばす腹の出た男を下敷きにした。ウィリアムもアニーの乗船に続いて島端から夜空に飛び降り、甲板上に着地した。

「逃がすか!」

 兵士が島端から船を狙うが、二発目も船を掠めただけだった。他の兵士も島端に詰め寄り狙いをつけるも、船は既に遥か彼方を航空していた。

 日が昇り、船は朝日を一身に受けランタンや船長室を飾るガラス窓、大砲が輝きを放っていた。

「ごきげんよう、諸君。いい朝だな」

 ウィリアムは満足そうな笑みを浮かべた。

 


 




 

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