第4話

 独房から解放された船員は我先にと船長に駆け寄った。船長は船員の波をかき分けながらレッペン牢獄の正門から脱出し、船員たちも後に続いた。船長と船員たちは、用意した中型の船を停泊させた島のほとりに向かって暗い峠を下っていた。

「随分と数が減ったな。何かあったのか?」

 船長は牢獄に来た時から気になっていたことを口にした。

「船長が船から落ちた後、追跡してきたストラベル帝国の奴らと戦闘があって。奴らに降伏したときには60人いた仲間は半分になってました」

 せわしなく足を動かしながら申し訳なさそうに状況を説明する船員に、船長は次の疑問を口にした。

「船はどうした? 俺のテイルフォーチュン号は?」

 『船』の単語を耳にした船員たちは、船長から一斉に二、三歩離れていった。船長の隣には、事情を知らないルディエールと、一等航海士のトッドだけが残っていた。

「あー、……船長」トッドが船員に代わって事情を説明した。

「船は俺たちが捕まった時に押収されまして。今は共同貿易商会の手元かと……」

それを聞いた船長は一瞬険しい表情を露わにしたが、仕方ないことだと納得したようで、またいつもの表情に戻っていった。

「なら次の行先はポート・スカラだ。俺の船がどこにあるのか情報を集めるまで休みはないぞ」

 船長は次の航空計画を、他の船員たちにも聞こえるようにはっきりと発表した。ルディエールは、聞いたことのない都市名に心を躍らせている様子で、他の船員にポート・スカラの詳細を聞いては軽くあしらわれていた。




 ほとりに着いたのは、ルディエールがポート・スカラの聞き込みを諦めてからしばらくしてのことだった。停泊していた船は商船で、10門程度の大砲を上甲板に装備した旧型の船だった。

「心もとないとか言うなよ。盗めそうなのがこれしかなかった」

 『空賊船』のイメージからかけ離れた船を、不服そうに眺めるルディエールを船長はたしなめた。

「聞きたいことが、船長。あの煙は船長が起こしたもので?」

 ほとりという、開けた場所に訪れた船員たちは遠くの明かりが灯る街から伸びる煙を甲板から目の当たりにした。まだ船に乗り込んでいないトッドが、同じくほとりで佇む船長に話を聞いた。

「お前たちの救出のために、協力者がバークレー牢獄を襲撃して騒ぎを起こしてくれた。計画は俺持ちだから、実質俺の手柄ともいえるが……。とにかく、爆発を引き起こしたのは俺じゃない」

「それでその協力者はどこに? まさか新入りがやった訳じゃないでしょう?」

「僕だって船長に服を貸しましたよ。銀行員の事情もすべて教えて」

 ルディエールが甲板から船長たちを見下ろしながら会話に割り込んだ。船長はルディエールの方へ視線を向けたが、すぐにトッドの方に向き直り何事もなかったかのように話を続けた。

「確かアニーとかいう女空賊だ。今頃あるはずもない銀貨2000枚を探しているころだろう」

「アニーっていえば確か、……って、銀貨2000枚! 船長、ひとつずつ整理させてください」

 トッドは慌てて船長の言葉を整理した。

「まず、銀貨についてですが。2000枚って調印銀貨ちょういんぎんかのことで? だとしたらいったいどうしてこんな所にそんな大金があるんです?」

「ああ、価値の低い誓印銀貨せいいんぎんかを交渉材料に使うわけないだろう。バークレーの令嬢がバークレー銀行に銀貨を預けたんだ。それを根こそぎ奪う算段を立ててやった」

「じゃあ、その銀貨がないってことは……」

「勿論、俺が持ってるからだ。元銀行員のルディエールに銀貨をこの船に搬送してもらった。元々ルディエールは今回の積み荷の運搬係だったからな。楽な仕事だ。あとは、爆破工作と倉庫を探ったアニーとその乗組員がすべての罪を被って投獄、無実の俺たちは銀貨を手に再結集ってことだ」

 船内から歓声が上がった。倉庫にあった銀貨船員たちが見つけたようだった。トッドは歓声が静まる頃合いを見計らって、会話を続けた。

「銀貨のことはわかりました。それでその女空賊についてですが……、赤毛の女じゃありませんでしたか?」

「ああ、そうだったかもな」

 船長はなんの気もなしに答えたが、反対にトッドの顔は青ざめていった。

「船長、その女レイチェルの船の船員ですぜ。その女に事実を伝えないとまずいことになる」

「冗談言うな。もしあの女がレイチェルのの船員なら、調停会議やら同盟会議で、何度も顔を出している俺のことがわからないはずない」

 トッドは船長の言葉に、呆れたように言葉を返した。

「自分が会議に出席してました。船長はいつも飲んだくれて、一度も会議に出席してないでしょう」

 船長の顔はいつもの余裕な表情から、焦りの表情に変わっていった。


「ミスタートッド。友人の誤解を解きに行こう」

 やっとの思いで探し出した言葉を船長は笑顔で言葉を並べるが、彼の挙動不審な動きを目にしたトッドは肩を落としながら、いつもの慣例的な返答をした。


「アイアイ、船長。今すぐに」

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