第3話
「なんの音だ?」
今日レッペン牢獄に収監されたばかりの空賊、トッド・ガウスが異様な音に気づいた。バークレー牢獄から遠く離れたレッペン牢獄でも音は鮮明に聞こえ、トッドと独房を共有していた空賊たちも次々とこの音に誘われるまま休めていた身を起こした。
「おい。なんの音だと思う?」
「ドラゴンさ。バール空域を追いやられたドラゴンの群れが人間に復讐しにきたんだ」
頭にバンダナを巻いた兄弟、ギール・オーチスとジール・オーチスがこの音の正体を興奮した様子で議論し始めた。
「違うね。きっとどっかの女房が旦那の不貞に我慢ならなくて、旦那を爆薬で吹っ飛ばしちまったんだ」
長い髭を蓄えた
「俺の目ん玉を吹き飛ばした奴がいるって!」
『吹っ飛ばす』という言葉に敏感な盲目の男クランシー・ケットバークとペットでサルのクランクスも、デンの言葉に反応して奇声を上げながら寝床から体を起こした。
この区画の囚人は同じ船の乗組員だったこともあり、根拠のない噂が広がるのに時間はかからなかった。船員たちの考察披露会は監獄内とは思えないほどの盛り上がりを見せ、遂には賭けを始める船員も現れた。
しばらくして、看守や警備兵が待機する上層階から走り回る足音が鳴り、男たちの興味は上層階に向いていった。
上層階の足音は入口に向かい、消えていった。やがて足音は数を減らし、上層階からは物音ひとつ聞こえなくなった。
男たちは静けさに反抗するように、一連の事態について議論を始めた。
「今度はなんだと思う?」
「空軍の奴ら、ドラゴンを捕まえたんだ! きっと上の奴らは捕まえたドラゴンを見るために慌てて外に出ていったんだろうな。へへ、俺も見てえな」オーチス兄弟はまた嬉しそうに議論を始めた。
「俺の髭に誓って言わせてもらう。こりゃ酒か女だ。この二つを我慢できる男はこの世に存在しねえ。あいつらは仕事に飽きて、酒場に走っていったんだ」デンは床まで伸びた髭を撫でながら言った。
「もし酒か女だとしたらさっきの爆発音はなんだってんだ。やっぱりドラゴンさ」
「なんだと! 俺の勘が信用できねえってのか!」
議論に夢中になった三人は熱中を通り越して殴り合い寸前にまでヒートアップしていた。議論に参加していないクランシーは、兄弟と小人との対立を煽っては、より荒れる言葉の応酬を聞いて楽しんでいた。
「待てよ。お前たちのくだらない理由付けはとにかく、上の奴らは外に出たって意見は共通してるんだよな?」
「「ああ、そうだ」」
兄弟は小人の髭を引っ張り、小人は兄弟の頭を両こぶしで交互に叩いていたが、航空士のトッドの突然の質問にはきっちりと答えた。
トッドはにやりと笑みを浮かべ、奥歯に仕込んでいた七面鳥の骨を取り出した。
「ならこの隙にこいつで鍵を開けちまえば、俺たちは大手を振ってここから抜け出せるってわけだ」
すぐさま喧嘩を止め、骨を見つめる単純な男たちを横目にトッドは独房の鍵穴に七面鳥の骨を突き立てた。幸い鍵穴は古く、手慣れたトッドは数分で開けられると予想した。他の独房の船員たちもトッドに視線を移し、まるで闘技を観戦している血に飢えた民衆のような絶叫を放ちながら鍵開けの行く末を見守っていた。
「おい、上から誰か来るぞ!」
絶叫の中、最も階段に近い牢に収監されていた船員が小声でトッドに事態の急変を知らせた。夢中で開錠に努めていたトッドは想定外の事態と、確かに響く二つの足音に動揺して骨から手を離した。支えを失った骨は重力に従って鉄格子から外に飛び出していった。
「まずい!」
慌てて手を伸ばし骨の回収を試みるが、指先が触れるだけで、骨を掴み取ることはできなかった。中途半端に指先に触れてしまった骨はさらに奥へ移動し、状況は悪化していった。
今度は肥えた腹が鉄格子に引っかかるまで身を乗り出し、目に入る汗を振り落としながら全力で手を伸ばした。最後の力を振り絞って伸ばしたトッドの指は遂に骨に触れることに成功したが、先に骨を拾い上げたのは警備兵だった。
「トッド君。まさかこんなボロボロな骨で鍵を開けるつもりだったのか?」
警備兵は小馬鹿にした態度で床に横たわるトッドを見下げていた。しかしトッドは警備兵に嫌悪感を抱くことはなかった。この男の帽子では隠し切れない髪の乱れや立ち振る舞いの胡散臭さには身に覚えがあった。
「もしかして……、船長?」
脳が記憶を探る前に、口が警備兵の正体を明かしていた。喉に引っ掛かっていた骨が取れたような感覚だった。周囲の船員たちは航海士の一言を耳にし、船長が迎えを、何より船長の無事を喜んでいた。
「積もる話はあるだろうが、それは後だ。ルディエール君、鍵を持ってきてくれたまえ」
快活に話を進める船長は、もうひとつの足音の正体であるルディエールと呼ばれる男を牢の前に招いた。鍵束を手に牢の前に立ったルディエールは、ブロンドの髪を上げ、ダブレットを着こなした貴族のような装いをした好青年で、空賊のイメージとかけ離れていた。
「船長、この男は?」
「新入りだ。これから俺たちの船で働く」
「ルディエール・ロバートだ。どうぞよろしく」
牢の扉を開けたルディエールは扉の外で5人の方へ手を伸ばした。トッドはルディエールの手を取り、二人は簡単な握手を交わした。
「こちらこそ、助かったよ。それより、鍵をいくつか俺に渡してくれ。作業を分担しよう」
ルディエールは鍵を束ねるリングを腰に下げたナイフで破壊し、数本の鍵を5人に渡した。4人と1匹は鍵を物珍しそうに眺めていたが、見かねたトッドは彼らから鍵を取り上げた。
「お前たちは見張りをしてくれ。じゃなきゃ日が暮れる」
4人は不服そうに顔を見合わせた。
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