第2話

 二日後のバークレーには雲りない星空が広がり、バークレーには街頭や馬車に吊るされたランタンの光がゆらゆらと輝く美しい景色が広がっていた。アニーの船は銀貨2000枚を守る倉庫に最も近い波止場で待機し、船内では船員が銃や剣の手入れを行っていた。詳細をルディエールから聞き計画の調整を行ってきたアニーは、元々文字を読むことが不得意であったためにこの二日間の苦労はこれまでの経験以上のものだった。

(船団に所属していたころなら、船長に従うだけでよかったのに)

 アニーはすぐに頭によぎったこの余念を振り払うため今回の計画を確認するが、計画への不安が益々積もっていくだけだった。

 何度もルディエールの証言が嘘でないことも船員に調べさせたし、計画も問題ないはず。以前のような結末にはならないと言い聞かせるが、船長として活動し始めて日の浅いアニーは悩みを払拭することはできなかった。

「船長、考え事ですか?」

「ひっ」

 背後から突然声を掛けられ調子はずれな声を出したアニーを、船員の一人が見つめていた。アニーはいつもの威厳を保つべく乱れたコートと傾いた帽子を正し、咳払いを一つして船員の呼びかけに答えた。

「ええ、少し計画をチェックしていて。それより何か問題でも起きたの?」

「いいえ。牢獄に爆薬を仕掛けた奴隷から準備ができた報告を伝えに来ました。俺たちは全員、いつでも行けますぜ」

 そう語る船員の背後から、磨かれた武器を手に20人程度の屈強な男たちがぞろぞろと甲板に乗り出してきた。不安ばかり考えていられない、と言い聞かせたアニーは決意を固め、報告をした船員に牢獄で待機している奴隷に合図を送るよう指示を出し、今度は腰に差した剣を引き抜き掲げた。

「お前たち準備はいいか! 今夜、心優しいお嬢様が私たちに銀貨2000枚をくださるそうだ。向こう10年は貴族のように遊べる額だ。仕事を終えて好きなだけ贅沢をするために、気を引き締めてかかれ!」

 船員たちも剣を掲げアニーに続いて声を上げた。甲板は熱気に包まれていった。




 ズンっと響く爆発音と火薬の匂いが街中に広まった。倉庫の番をしていた兵士たちは近くに停泊中の船から慌てて飛び出してきた上官に指示を仰ぎ、上官も状況を判断して7人の兵を港に残し、それ以外の兵士を爆心地に向かわせた。

 アニーとその一味は一部始終を観察していた。爆発前まで警備していた万全の兵士たちは全て爆発の調査に駆り出され、残った兵士は必要最小限の武装だけであったが、正規軍の武装の前には空賊たちの武器では制圧に時間がかかることをアニーたちは身をもって理解していた。アニーは暗闇に乗じて背後から襲うように船員に指示を出し、一人孤立した兵士を目指してゆっくりと近づいていった。

 アニーと1人の船員が街と倉庫を結ぶ経路を警備している男の背後に忍び寄り、アニーは背後から心臓を貫くよう剣を突き刺した。咄嗟に声を上げようとする兵士の口を手で抑え、暴れる警備兵を船員が縫うように側面から突き刺した。その一撃で兵士の見開いていた目が沈んでいく様を確認したアニーは、他の船員も続々と兵士を切り倒している様子を横目に手についた血を軽く払い、剣を握り直して残りの兵士たちも始末していった。

 最後の兵士を貫く剣を引き抜き鞘に納め、安全を確認したアニーは倉庫の鍵を船員にこじ開けさせた。暗闇に包まれた倉庫の中は一面に木箱が積まれていた。木箱には蒸留酒や乾燥肉、バークレーの特産品など多種多様な品が保管されていた。

「積める限り船に積んでいけ!」

 アニーは依然として厳格な姿勢を保っていたが、内心では今回の計画の成功を喜ばしく思っていた。船員達が積み荷を船に移している間、アニーは心を躍らせながらルディエールが伝えた『荷物類』と札が下げられた束を掘り起こし銀貨2000枚を探していた。荷物類には主に個人に宛てた手紙や貴族の書類などが積まれていた。袋に『ラカ・バークレー伯爵令嬢より』と記された重い麻布はすぐに見つかるものと考え、アニーは気楽に倉庫を漁っていった。



……探し始めて数分が経過した。



 どれだけ探しても重い麻布は見つからず、そもそも『ラカ・バークレー』という文字すらも見当たらなかった。

 ルディエールの嘘を勘繰ったが、これまでの計画が順調に進み情報の偽りもなかったことからその可能性は低いと思い、今度は他の荷物も手当たり次第に漁りだしたが、それでも袋が見つかることはなかった。


銀貨が見つからないまま数分が経過した。


更に数十分が経過した。


 失敗の二文字が浮かび上がった。アニーはもはや船員の制止に耳を貸すこともできず、荷物の中身を確認する余裕もなく、ただ外に中身をまき散らして次の積み荷を漁ることを繰り返しているだけとなっていた。アニーはただ、目の前の大量に積まれた積み荷を前にひたすら手を動かし続けていた。


「動くな!」


 すると突然、倉庫で冷たくこだました野太い男の声と、頭に広がる冷たい感触が伝わってきた。アニーはその場で膝をついたまま、ぴたりと手の動きを止めた。

「両手を頭の後ろに回せ!」

 アニーはこの声に聞き覚えがあった。爆発後、慌てて指示を出していた男の声だった。調査に出ていた兵士が戻ってこれるほど、長い時間が経過していた。それだけの時間を探してまだ、倉庫には銀貨一片すらもなかった。

 アニーは手を回す代わりにこぶしを握り、思い切り腹の底から声を上げた。


「騙したな、ルディエール!!」


 腹の底にあった怒りを倉庫にまき散らしたアニーは後頭部を銃底で殴られ、意識を失った。

 

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