エルバの空賊
ファットボーイ
第1話
「アニー船長、例の情報を持っているという男を連れてきました」
「通してやれ」
アニーは商船から略奪したばかりの装飾が施された椅子に腰を深く沈める。
扉が大きく開き、部下2人に挟まれるようにして情報屋を名乗る男が船長室に足を踏み入れた。
情報屋と紹介された男の服装はこの浮遊島バークレーの正装で固めていたが、髪のぼさつきや財宝に囲まれた部屋の内装を観察する様子はどことなく私たち空賊のような礼儀知らずで、胡散臭い男という印象をもたらした。だが空賊との情報売買の経験が豊富なのか落ち着いた様子でたたずむ様は、この男が情報屋であると納得できる説得力があったのも確かだった。
「アニー・ベアボトム。この船の船長をやっている」
「ルディエール・ビショップだ。銀行員をしている」
「銀行員? 空賊なんかとペラペラ話すより、帳簿をめくったほうが稼げると思うけど」
男の言葉を疑ったアニーは、男に発言を裏付ける証拠を提示することを要求した。アニーの要求に男はこのバークレー唯一の銀行、バークレー銀行を表す盾を掴んだ鷲の刺繍が入ったケープの裾をぴらぴらとわざとらしく振って見せてきた。
「事実さ、アニー船長。銀行員と言っても、俺たちのような外部からの人間と、縁故関係がある銀行員とで給料に差がある。その足りない分を情報で補っているんだ」
腹の立つ男だが、どうやらこの男が銀行員であることは事実のようだ。
「わかってる、からかっただけだよ。気にしないで。じゃあ、まずは約束通り銀貨3枚を」銀貨を投げ渡して、続けてアニーは言った。「さて、本題に入ろうか」
「ああ、そうしよう」渡された銀貨を数えると、ルディエールは椅子に積まれた財宝を近くのテーブルに移し、かつて財宝が積まれていた椅子に腰を下ろした。アニーの部下がこれを咎めようとしたが、アニーは銀行員である情報提供者を取り持ちたいと考え、部下を制した。その様子を目にしたルディエールはさらに腰を深く椅子に沈めるとロッキングチェアのように椅子を前後に揺らしながら語り始めた。
「つい先日、とある女が銀行を訪れた。名前はラカ・バークレー。知っているだろ?」
「知っているも何も、ラカ・バークレーって言えばバークレー領主の散財娘で有名でしょ。でも、そんなことある? 領主とその血縁の資産は全部首都にあるカーフィル銀行の方に預けなければいけないんじゃなかった?」
「そうなんだが、何か事情でも抱えているんだろう。例えば……、男とかな。とにかくラカ・バークレーはバークレー銀行に金を預けた。それも6回。全部で銀貨2000枚だ、20人は奴隷が買える」
「それで?銀貨2000枚のためにこの島一番の警備に手を出せって? 悪いけど、私たちに銀行を襲撃するだけの戦力は持ち合わせてないし、仮に持ち合わせていたとしてももう一つ桁が多くても割に合わない。銀貨3枚分の情報じゃないと思うけど」
早速銃に手を伸ばすアニーを見たルディエールは一瞬表情を曇らせるが、すぐさま冷静さを取り戻し追加の情報を公開した。
「いやいや。銀行は襲わなくていい。明後日、この銀貨をバークレー港に持っていく契約になってる。あんたらが襲うのは港の倉庫だ。船を近づけられる港なら文句はないだろう」
「確かに銀行を襲うよりはマシかもね。でもまだ割には合わない。バークレーの港には24時間兵が配備されてるし、当然船も用意してある。金を奪って港を出たら即撃墜なんて話にならないけど」
「問題ない。その日警備が薄くなるバークレー牢獄を襲って騒ぎを起こせばいい。なんでも、この島のもう一つの牢獄であるレッペン牢獄に空賊一行が収監されるって話だ。その隙になら囚人数人に騒ぎを起こしてもらうことくらいできるだろう。島一番の牢獄に気を取られているうちに銀貨を奪う。簡単だろう?」
ルディエールは話を終えると、話の途中で動きを止めた椅子を再び前後に揺らし始めた。アニーはルディエールの動きを目で追いながら、この男の情報を精査していた。
確かに。この話が本当なら価値のある話だ。銀貨2000枚が数人の兵の相手と爆薬費、爆薬を手に牢獄を襲う奴隷代で浮くなら安いものだろう
「爆薬と奴隷を買ってきてくれ。健康で足が速いやつを」
しばらくして、アニーは部下に銀貨を持たせ急かすように船長室から追い出した。
「なら、交渉成立?」ルディエールは笑みを浮かべながら言った。
「お前の話に乗ることにしたよ、ルディエール」
「それは結構。詳細な情報は明日用意してくる。支払いを用意しておいてくれ」
「ああ、わかったよ」
「では」
「ああ、それから最後に……」
ルディエールが船長室のドアノブに手をかけたとき、アニーはルディエールの万一の裏切りを阻止するため、会話を切り出した。
「以前世話になった情報屋がいたんだ。だけど、その情報屋は私たちの情報を空軍からの小遣いのためにも売ったんだ」
「結末は?」
「……私たちが生きてる」
ドアノブから手を離したルディエールは振り返ってアニーの目を真っ直ぐ見つめた。男は脅しに屈した様子はなく、飄々とした様子で口を開いた。
「安心してくれ。天に誓って、約束は守るとも」
ルディエールは変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、船を後にした。
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