第二部 第1話 初夜の失敗・・・・・・緊張しすぎて
盛大な結婚式の後、王宮で結婚を祝う祝宴が開かれた。大広間では他国の王族やメドフォード王国の貴族たちが溢れ、次々と私とライオネル殿下にお祝いの言葉を伝えに来てくださった。
祝宴は大いに盛り上がり、宮廷楽団が美しいメロディを奏でるなか、踊り子たちが優雅に舞台に登場した。花のような羽根飾りと豪華なドレスを身につけ舞う姿は、感情豊かでありながらも技巧に満ちていた。
歌劇団に所属する歌い手が登場し、しっとりとした調べで愛の歌を披露すると、大広間には静寂が広がっていく。歌声が宙に響き渡り、私とライオネル殿下は指をからませながら、その美しい旋律にうっとりと聞き惚れた。
大きなテーブルにはご馳走も所狭しと並べられ、それぞれが好きな料理を取って食べられるような形式だった。基本は立食パーティのようにしながらも、大広間の一角には椅子やソファも配置されている。
招待された多くの方達が私たちを祝福してくださったし、この場にはニッキーとマリエッタもいて、同じように皆から祝福されていた。生涯で一番幸福な時間を、親友と共有できたことはとても幸運だったと思う。
「ライオネル殿下。私は今この瞬間が人生で一番幸せですわ」
「私も幸せだよ。でも、これからもっと幸せにするつもりです。ソフィがいつも笑顔でいられるように、全力で守っていきます」
ライオネル殿下はにっこり微笑んだわ。
どんな言葉を投げかけても期待した以上の返事が返ってくる。だから、私はいつだって安心していられるし、微笑んでいられた。これがどんなにありがたいことか、私にはわかっている。以前の辛い経験は決して無駄ではなかったと思う。今の幸せを噛みしめることができるから。
祝宴が終わりライオネル殿下と私はビニ公爵家所有の別荘に向かった。ここでしばらく新婚気分を味わうようにと、エルバートお父様とボナデアお母様が提案してくださったのよ。
別荘に着いたのは日が沈む頃だった。目の前に海岸線が広がる美しい別荘には、既に侍女やメイドたちが私たちを迎え入れる準備を整えて、屋敷の前で一列に整列していた。
白亜の壁に囲まれた別荘は夕日を受けて輝き、中庭に広がるバラ園が色とりどりの花々で満たされていた。ライオネル殿下に抱きかかえられて屋敷の中に入ると、使用人たちが一斉に「おめでとうございます!」と祝福してくれた。
広い居間にはアンティークの家具が配置され、暖炉の前に設けられたくつろぎのスペースもあり、とても居心地の良い空間になっていた。大きな窓からは海が望め、夕日の光が室内に差し込んでいる。屋敷のどの部屋も海に面して作られていたので、この美しい海岸線と白い砂浜の景色はどこにいても満喫できた。
ウェディングドレスを侍女たちに手伝ってもらいながら脱いで、浜辺を歩きやすい服装に着替えた。波の音と潮風が二人の周りを包み込む中、ライオネル殿下は私の手を優しく握りしめた。
私たちは時折笑い合い海の中に足を浸し、柔らかな砂浜を歩く。波が二人の足元にやって来て、砂を優しく洗い流す様子が、まるで海が私たちに祝福を贈るように思えた。
夕日の中で二人の姿が重なり合い、愛に満ちたひとときを過ごす。貴族に生まれて心から愛せる男性と結婚できることは奇跡なのよ。たくさんの奇跡が起きて私は最も愛するべき男性と巡り会えたの。
浜辺を二人で心の底から笑いながら歩く。なんの憂いも心配もなく、ただ幸せな思いだけで満たされる贅沢さ。ボナデアお母様やエルバートお父様、全ての人々に感謝したい。この幸せは自分だけの力で得られたものだとは思わないから。たくさんの人々の善意と愛と友情があったからなのよ。
別荘に戻ると、少しだけ緊張することを侍女たちが言ってくる。
「さて、ソフィ様。今宵はとても大事な日でございますので、早速お体をお清めになってくださいませ」
湯浴みの準備をメイドたちがしていた。海に面した浴室には適温のお湯を作り出せる魔道具が備え付けられている。バラの花びらを浮かせた暖かいお湯に包まれながら、ゆったりと身体を温めた。
浴室から出ると、侍女たちがジャスミンの香油を私の身体にまんべんなく丁寧に塗っていく。私の肌は艶やかに輝き、その優雅で甘い魅惑的な香りが部屋中に広がった。身支度を終えると、用意されたシルクのネグリジェを着て夫婦の寝室に向かった。
「き、緊張するわ・・・・・・」
小さく呟くと侍女たちが、ニコニコと微笑みながら囁いた。
「大丈夫です。シャンパンでもお飲みになってリラックスなさってくださいませ。全てはライオネル殿下にお任せすれば良いのです」
なるほど。たしかにお酒を飲めば、きっと緊張もほぐれるわ。
寝室のベッドサイドに設置された大理石製のテーブルにはたくさんの料理があった。通常のディナーだと時間をおいて順番に運ばれてくる料理も、今宵は一度にずらりと並べられる。メイドもすぐに下がって、ライオネル殿下と二人だけにしてくれた。
「さぁ、こちらにおいで」
私の身体を抱きかかえるとストンと自分の膝の上に乗せた。ベッドに座りながらの食事は少し落ち着かない。嬉しくてもっと身を寄せていたいのに、恥ずかしさで逃げ出したい気持ちもあって。相反する感情が私の中でせめぎ合う。あまりに綺麗な顔が至近距離にあり、私を見つめるその瞳は甘く蕩けていた。
「少しだけ喉が渇いているようですわ」
私は気持ちを落ち着かせるために、シャンパングラスに手を伸ばした。
ライオネル殿下は、まるで雛に餌を与える親鳥のように、サラダやお肉をフォークで私の口の前に運んでくださった。このような行為も初めてではないけれど、膝の上に乗せられて当然のようにされると、恥ずかしさが先に立ってしまう。さらにシャンパングラスに手を伸ばした私は、すっかり酔ってしまい翌朝までぐっすり寝てしまうという失態をしでかしたのだった。
翌朝、パチリと目を覚ますと、最愛のライオネル殿下と目が合った。
「昨夜は飲み過ぎたようですね。あれから、ソフィはすぐに寝てしまいましたが、頭は痛くないですか?」
蜜のような滑らかさを秘めた声が私の身体を包み込むけれど、言われた内容は新妻としては、大いに反省するべき内容だった。ライオネル殿下に謝るとクスクスと笑いながら頭を撫でられた。
「大丈夫ですよ。私たちには時間がたくさんあります。ソフィが酔い潰れて初夜ができなかったことも、きっと私たちの良い思い出になるでしょう」
ライオネル殿下は私のそんなところもたまらなく愛おしいとおっしゃった。もちろん、このような失態はこの日限りで、私とライオネル殿下は愛を確かめ合うことができた。
そして、最近の私は体調不良に悩まされている。ニオイに敏感になり、食事をすると吐いてしまうことが増えたのよ。
侍女たちが私の妊娠の可能性に色めきだち、顔を輝かせながら医師の手配をしてくれた。
寝室で診察は行われ、ライオネル殿下が医師からの診察結果を、寝室前の廊下で待ち構えているのがわかる。さきほどから行ったり来たりするような足音が、ずっと廊下から響いてくるのだもの。医師もにこにこしながら「とても深く愛されておりますね。旦那様は気になってなにも手につかないようです」と私に言ってくるほどだった。
いつもは冷静沈着なライオネル殿下だけれど、私の身体のこととなれば到底落ち着いてなどいられないのがわかる。
皆の期待通りに私のお腹の中に赤ちゃんがいますように。
「おめでとうございます! ご懐妊でございます」
廊下に向かって医師が叫べば、ライオネル殿下が満面の笑みで寝室に飛び込んできたのだった。
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