第37話 緊張している? ライオネル殿下視点

 春祭りの初日の夕食会の際、カロライナ王国からの使者が訪れ、文化交流会への招待を受けた。このような機会は珍しいことではなかったので、私は喜んでその招待を受け入れた。


「ライオネル殿下は音楽や絵画といった芸術の分野において、非凡な才能を秘めておりますからなぁ。その多彩な才能はまさに感嘆に値します」


「同感ですな。幅広い楽器を巧みに演奏し、その技巧はまさに見事です!」


 春祭りに招待された高名な芸術家達が、口々に私を褒めてくださった。


「絵を描くことも楽器を演奏することも、ただ好きでやっているだけなのですよ。特別なことをしているつもりは全くありません」


 私は褒められることが気恥ずかしい。自分はただ気持ちの赴くままに、絵を描いたり楽器を演奏しているだけだ。

私にとって芸術は生きる喜びそのものであり、それを楽しむことが日常の一部となっている。


 絵を描くことで自分の心や思考を視覚的に表現できたり、楽器を演奏することで音楽を通じて感情を共有したり、他の人々との共感を生むことが楽しいだけなのだ。


 だが、私の道楽とでも言うべきこれらの趣味が、他国との平和的な交流関係を保つことに貢献できるのであれば、私はすすんでそれに尽力したいと思う。異国の地であっても出向くのは、王族として当然の義務だと思っていた。


 ただ、ソフィの表情が少し暗い。笑顔が減り、話す回数も少なくなっていた。昼間のデートで彼女を連れ回しすぎたせいかもしれない。


「ソフィ、疲れたのかな? 私に寄りかかって、目を閉じていなさい」


 メイドに持って来させたブランケットをそっとかけた。晩餐会はまだ始まったばかりだが、彼女が辛そうなら、ゲストルームで休ませようかと思っていた。私が心配していることを察して、ソフィがぽつりとつぶやいた。


「カロライナ国にはどのくらい滞在するのですか?」


 彼女が不安げな口調で問いかけてくる。私がいないと寂しいのか、そんな気がする。微笑みが顔を覆い、抑えきれぬ喜びが湧き上がった。兄上のからかうような視線をかわしつつ、ソフィの顔に静かに視線を落とした。


「ソフィが待っているのだからすぐに戻ります。カロライナ王国はそれほど遠くない。心配しなくても大丈夫です」


 彼女が震える手を私に差し出し、私は両手で暖めながら安心させるように言葉を紡いだ。おそらく、私がカロライナ王国へ向かう際に通る森や山道で、盗賊団に襲撃される危険性などを心配しているのかもしれない。


 護衛騎士たちが多数同行し、カロライナ王国へのルートがかなり安全であることを説明した。しかし、ソフィの表情はあまり変わらなかった。


「行かないで・・・・・・」


 彼女はとても小さな声でそう囁き、その可愛らしいさに心が揺れた。もちろん、私もソフィのそばにいたいと思う。しかし、これは私の王族としての責務でもある。


 彼女はすぐに自分の不適切な発言を詫び、私はソフィの手の甲に口づけた。


「謝らなくて良いです。すぐに帰ってきますから、待っていてください。」





☆彡 ★彡





 三日間の春祭りが終わった翌日、私はカロライナ王国に出発した。カロライナ王国は北に位置する国で、普通の馬車であれば到着するのに四日はかかる。

 

 しかし、錬金術師のニッキーは、馬が疲れずに長距離を駆け抜けるための道具を開発していた。この革新的な装置のおかげで、わずか半日ほどで、馬も私もほとんど疲れることなく快適に移動ができた。


 カロライナ王国の宮殿に到着すると、庭園で女性たちがヴァイオリンを演奏している場面に出くわした。各々がヴァイオリンを抱え、複数の楽器が共に響き合い、美しいハーモニーと調和が立ちこめていた。


 ヴァイオリンアンサンブル用の曲は多く存在しているが、彼女達はその中でも有名なヴィヴァールの『四季』を演奏していた。


 この作品はヴァイオリン協奏曲集で、春、夏、秋、冬の4つの協奏曲から構成されており、各協奏曲には複数のヴァイオリンが協奏する部分が含まれている。


 特に「春」や「冬」の部分はヴァイオリンアンサンブルによって美しく演奏されることがあるのだ。


「まぁ。ようこそお越しくださいました。ライオネル殿下にお会いできて光栄でございます。拙い演奏を聞かれてしまうなんてお恥ずかしいです。私は王妹のカメーリアでございます。下手ながらもこうして友人達と頻繁に集い、演奏するのが大好きなのです」


 私も友人を集めて、語らいながら楽器を演奏することが好きだ。音楽は言葉以上に深い感情と意味を運ぶことができるからだ。


「言葉で話すことより、音楽や絵で表現するほうが、共感しあえる部分が多いのですわ。他の方に言うと笑われそうですが」


「私は笑いませんよ。実際、私もその意見には同感ですからね」


 私がそう言うと、カメーリア殿下はふわりと柔らかく微笑んだ。


「私の幼少期からの友人たちをご紹介しましょう。まず、こちらがハローズ公爵令嬢です。彼女とはオムツをしていた頃からの大親友で、よく金のおしゃぶりを取り合って遊んでいましたの。そして、向かって右側にいるのがティーガーデン侯爵令嬢ですわ。彼女とは三歳の頃からピアノの腕を競い合っており、私たちは仲間でありながら、お互いが切磋琢磨し、励まし合ってきましたのよ」


 金のおしゃぶりか・・・・・・カメーリア殿下は快活でユーモアのセンスがある。私は思わず笑ってしまった。


「ぜひ、文化交流会ではライオネル殿下とヴァイオリン・デュエットをしたいですわ。ね、よろしいでしょう?」


「もちろん、良いですとも。」


 私は微笑みながら彼女の申し出に頷いた。


「ライオネル殿下! ようこそお越しくださいました。おぉ、そのように我が妹とも親しくしてくださるとはありがたい。是非、ここにいる間は仲良くしてやってください」


 庭園まで私を迎えに出てくださったカロライナ国王に満面の笑みで歓迎された。若くして王になった彼は、私よりほんの少しだけ年上だ。屈託のない笑みは、ここが異国であることを忘れてしまうほど、親しみやすいものだった。


 カロライナ国王とは仲良くできそうだ、私はそう思い安堵しかけたのだが・・・・・・カロライナ国王が姿を現した途端、カメーリア殿下の友人達の表情が微かに歪み手が震えたのを見逃さなかった。


 彼女達は頻繁にカメーリア殿下に会いに来ているはずだ。ならば、なぜカロライナ国王の姿にそれほど緊張する必要がある? 私は心の中で首を傾げたのだった。



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※ヴィヴァールの『四季』:ヴィヴァルディの四季をのこと。異世界なので、ちょっとだけ変えました。


※おもしろいな、と思っていただけたら☆で評価していただけると執筆の励みになります。よろしくお願いします。

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